そして今、人と組織の心理的契約に変化が起きています。お互いに期待する内容が変わっているのです。かつて、組織は個人に対して安定雇用・終身雇用を保障し、個人は組織に対してライフタイムをコミットしていました。そんな関係性でうまく回っていた時代が確かにありました。
しかし現在、働く人の価値観はどんどん変化・多様化しています。「自分の時間や能力をどこに使うべきか」について真剣に考える人が増え、魅力的な仕事はもちろん、「働きやすい環境」「成長機会」「適切な評価・報酬」「自分らしいワークスタイル」など様々な観点で企業を選んでいます。企業はそうしたニーズに応えてこそ、従業員は心から「貢献したい」という思いを持って働いてくれるでしょう。
何から始めればいいのか?
従業員一人ひとりに向き合い、能力を見出して活躍の道を拓く──そのように人を活かす経営を行ってきた企業は日本にもたくさんあると思います。
人的資本に注目が集まる中、情報開示の動きと相まって、そうした企業は成長への追い風を受けるでしょう。具体的な手法などを、どんどん社会に発信していっていただきたいと思います。
これまで取り組んでこなかったという企業も、今から始めれば十分間に合います。人的資本のマネジメントは、短期で変化をもたらせるものではありません。中長期的視点で考え、継続していくことが重要であり、きっちりと取り組めば必ず成果につながります。
では何から始めればいいのでしょうか?
まずは人材の捉え方を見つめ直してください。「優秀な人」「ダメな人」と区別するのではなく、すべての人が「強み」と「弱み」を持っていると考え、その人の「強み」にこそ着目すべきなのです。
すべての人の潜在能力を未開発・未使用の状態にしておかず、引き出し、引き上げ、活かしきるのです。
あらゆる人、あえて言うなら「普通の人」を「卓越した存在」に変えるような組織能力、組織文化を育むことが、これからの経営の命題といえるでしょう。
人材を見つめ、その人が最も活きるであろう職場と仕事に組み合わせ、成長を促すような働きかけを行う。シンプルに言えば、これが人的資本経営の根幹です。
いま多くの企業にとって、本質的な人間中心の経営への転換ができるかどうか問われているのです。
【寄稿3回連載】人的資本は心を持つ資本
#1:人的資本へ注力と言われても・・・人の力を開放する必須の着想#2:人的資本経営を前進させる両輪。戦略と熱量のある情報公開とは
#3:公開予定
津田 郁◎リクルート HR エージェント Division リサーチグループ マネジャー/研究員。2011年リクルート海外法人(中国)入社。 グローバル採用事業『WORK IN JAPAN』のマネジャー、 リクルートワークス研究所研究員などを経て21年より現職。 現在は労働市場に関するリサーチ業務に従事。 専門領域は組織行動学・人材マネジメントなどの組織論全般。 経営学修士。