ライフスタイル

2022.08.11 17:00

好きなものは誰からも奪われない|中塚翠涛x小山薫堂スペシャル対談(前編)


生活に寄り添える芸術を


小山:何かを好きだとしても、その道で大成するのは簡単ではない。現在の地位を築いたきっかけは何だと思われますか。

中塚:いえ、ようやく進むべき道のスタート地点を見定められるようになってきたかなと思っています。誰かと比べるのではなく、つねに自分自身との闘いをしなければならない世界。自分の心が澱(よど)んでいたりしたら、線に直接表れてしまいますから。

小山:心が澱まないために何かしてきたことはありますか?

中塚:外の世界を見ること。特に芸術の世界で名を成した方々の作品を見るため、世界中を旅してきました。現世に残っているのは何か意味があるはずだから、その背景を知るために、美術館や本人の生まれ育った街を訪ねたり。作品自体に興味がなかったものも、街の色や空の色を見て、「だからこの作品が生まれたんだ」と感じられたときは本当に感動しました。技術を追い求めるのはもちろん大事ですが、それは一生をかけて学ぶ必要がある。自分が肌で感じた空気感を作品にどうまとわせることができるかは私には必要な課題ですし、偉大なる先人たちの作品を見続けてきたことは大きな財産となっています。

小山:確かに中塚さんの作品は、書から現代アートへと変貌していっている印象を受けます。

中塚:私自身は現代アートをやりたいという想いよりも、自分の心に素直に従った結果、いまのようなスタイルを築いているのだと思います。2010年の秋に、パリで作品を発表する機会があって、街をとにかく歩き、彼らが何を求めているかを私なりに探る日々のなかで、「書」という日本文化をそのまま届けるよりは、パリの生活にどう入り込めるのか、どう寄り添えるのかを考え、制作した。それが今の表現につながったというのが正しいです。

小山:ミロに感化されたときから、その要素はあったのかもしれないですね。

中塚:そうですね。書道教室に通っているころから墨のなかに色を見ていて、「白と黒ほど華やかなものはない」と感じていて。自分で想像ができるから何色にでも染まれるし、この子たちがどうジャンプしたり跳ねたりすれば可愛く見えるかなということをいつも考えている妄想っ子でした(笑)。

小山:文字は「この子たち」なのか。

中塚:そう。愛おしく感じられるもの。

小山:こんまりさんが「ときめかないものは捨てる」と指導されていますが、ときめく線が大切なんですね。(次号に続く)

今月の一皿



白い黄身の卵「米艶」でつくったオムレツに、中塚が「仕事の合間のリフレッシュにつくる」というトマトソースを添えて。

blank



都内某所、50人限定の会員制ビストロ「blank」。筆者にとっては「緩いジェントルマンズクラブ」のような、気が置けない仲間と集まる秘密基地。



中塚翠涛◎1979年、岡山県生まれ。4歳から書に親しむ。2016年、パリ・ルーブル美術館展示会場にて書のインスタレーションを発表し、金賞と審査員賞金賞を受賞。『30日できれいな字が書けるペン字練習帳』シリーズは累計430万部を突破。

小山薫堂◎1964年、熊本県生まれ。京都芸術大学副学長。放送作家・脚本家として『世界遺産』『料理の鉄人』『おくりびと』などを手がける。熊本県や京都市など地方創生の企画にも携わり、2025年大阪・関西万博ではテーマ事業プロデューサーを務める。

写真=金 洋秀

この記事は 「Forbes JAPAN No.096 2022年8月号(2022/6/24発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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