中学生が東工大教授に質問 「たし算とかけ算の決定的な違い」は何なのか?

東京工業大学理学院数学系教授 加藤文元氏と、渋谷教育学園渋谷中学校取材班


有理数、実数にまで広げて考えると?


取材班:有理数(整数と分数をあわせた数のすべて)にまで拡張したときにも、難しさは変わらないのか、あるいは別のむずかしさは出てくるのでしょうか?

加藤教授:有理数、実数になると、話は違ってきますね。

ただ、少なくとも、整数に比べ、有理数になることによって、問題は簡単にこそはなれ、難しくはならないことが多いと思います。

まず、有理数に関しても、ゼロでない数なら、割り算ができてしまう。そうすると、いわゆる素数という概念がなくなってしまう。

しかし、たとえばある種の方程式が有理数の解を持つことと、整数の解を持つことが「同値になる」という場合もある。その場合は、整数でものごとをするのと、有理数でものごとをすることの違いはなくなります。

たとえば、「xの2乗 たす yの2乗 = zの2乗」を満たすゼロでない有理数(分数)x、y、zがあったとすると──ここは、実は全部2乗になっているところがミソなのですが──x、y、zの分母を通分してしまうと、整数解になってしまう。つまり、有理数解から整数解を作ることができます。

たとえばこの方程式には、x = 2分の3、y = 2分の4、z = 2分の5という解があります。この場合、「2」という分母をはらってしまって、x = 3、y = 4、z = 5でもこの方程式は成立します。つまり、有理数解から簡単に整数解を作ることができる。その場合は、有理数解を求めることと、整数解を求めることは、ほとんど同じになってしまいますよね。だから、むずかしさは変わらない。

だが、実数(有理数と無理数の総称)になると、とたんに話は違ってしまう。たとえば「xの3乗 たす yの3乗 = zの3乗」を満たす実数解x、y、zはいくらでもある。この方程式に関して、「すべてがゼロにならないような整数解はない」というフェルマーの最終定理の3次の場合ですが、実数解はいくらでもある。

具体的には、この場合、実数になると、「xyz空間の中でこれを満たすような曲面がどういう形をしているか」という問題になってしまう。解があるかないか、といった問題ではすでになくなってきます。問題の種類が変わってくる。

ですので、結論、有理数解と実数との間には大きな断絶があるけれど、整数や自然数と有理数の間にはさして難しさの違いはないと思います。


後編> 中学生が東工大教授に質問 純粋数学はなぜもう「ポケットに入っている」のか? はこちら


写真=曽川拓哉


加藤文元(かとう・ふみはる)◎1968年、宮城県生まれ。東京工業大学理学院数学系教授。97年、京都大学大学院理学研究科数学数理解析専攻博士後期課程修了。九州大学大学院助手、京都大学大学院准教授などを経て、2016年より現職。著書に『数学する精神 正しさの創造、美しさの発見』『物語 数学の歴史 正しさへの挑戦』(以上中公新書)、『数学の想像力 正しさの深層に何があるのか』(筑摩選書)、『ガロア 天才数学者の生涯』(角川ソフィア文庫)、『宇宙と宇宙をつなぐ数学』(KADOKAWA)など。

文=石井節子 撮影=帆足宗洋(板書と加藤氏プロフィール写真以外)

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