「たし算とかけ算が混じり合った問題」には難問が多い
加藤教授:たし算的に順序よく並べた場合に、かけ算にはなんらかのパターンがあらわれるのでしょうか。もしそうであればたし算とかけ算にはなんらかの関係があるといえるが、見た感じ、なにかわかりやすい規則性があるようには見えない。
もう1つ、「たし算とかけ算が入り混じった」トピックとして典型的な話をすると、たとえば、「ゴールドバッハ予想」というのがあります。これは、「すべての4以上の偶数は、2つの素数の和であるか? 」という問題です。
これは「和」すなわち「たし算構造」の問題ですが、どんな4以上の偶数もかけ算構造のベースである「素数」のたし算に分解できるか? という問題です。この問題は、たし算とかけ算の関係のある一面を問うているわけですが、いまだに、解けていないどころか、「うまいところまで行っているんだがもうちょっと……」という状況ですらない。これを解けたら、かなりの有名人になれると思います(笑)。
そのほかにも、「フェルマーの最終定理」があります。nが3以上のとき「『xのn乗 + yのn乗 = zのn乗』という、たし算とかけ算が混じった式を満たす自然数の組み合わせx、y、zは存在するか」という問題です。
いずれにしても、数学界の難問の多くはたし算とかけ算が混じり合った問題であり、問題自体は簡単に見えても、実はとても難しいというものが多い。
そういう状況が何千年も続いている現代で、「たし算とかけ算の分離」といった問題を持ち出しても、「そんなことはできっこない」といったムードになるのも当然です。
たし算とかけ算の関係は、現状、数学界で、誰1人理解していないと思います。
望月さん(冒頭で既出の京都大学数理解析研究所教授 望月新一教授)は、この関係をある側面で分離することに成功した。それが「理解不能だ」と評されることがあるのは、それぐらい、たし算とかけ算の分離が複雑だからなんです。難しいというより、複雑なのです。
取材班:ここまでは「自然数」について、たし算的、かけ算的な世界の違いを説明していただきました。では、扱うのが「負の整数」になった場合は、−1をたし算的に見るのでしょうか、引き算的に見るのでしょうか。いったい、負の整数はどう分解すればいいのでしょうか?
加藤教授:自然数から整数に行く場合、どういう考え方をするのか、ですよね。たし算的にもかけ算的にも、自然数における難しさや現象の特徴と、整数における難しさや現象の特徴にはそれほど違いはないと思います。
というのも、おっしゃるように、整数に行くと、たし算構造的に見れば、引き算は、たし算の逆演算です。非常にざっくりいうならば、引き算もたし算もそれほど違いはない。実は、自然数は「半群」、整数は「群」という具合に、構造は違うのですが、依然として、むずかしさは変わらないと私は思います。数学的に証明できているわけではないのですが、私の感覚だとそうです。
整数はかけ算的にみれば、すべてのゼロでない整数──かけ算構造を見るときに、「ゼロ」という数は特別扱いすることがとても重要です──すべてのゼロでない整数は、「u」かけるp1かけるp2かけるp3……かけるpr、すなわち、「r個の素数の積」であらわすことができます。
ここで、「u」とは単数です。
そして、整数の単数とは、「整数の範囲で逆数が取れる数」のことです。「逆数」は、あくまでもかけ算的な言葉ですが、そういう数は、整数では+1と−1しかない。たとえば2の逆数は、整数ではなく2分の1になってしまう。
つまり、どんな整数も、「素数のかけ算 x プラスマイナス1」であらわせるのです。
正の整数、すなわち自然数なら「何個かの素数の積」、負の整数なら「何個かの素数の積 x マイナス1」というかたちにすれば、すべてかけ算構造的な言葉だけを使って、素数の積ですべて記述できるのです。そういう意味では、かけ算的には、自然数から整数に行っても、難しさは変わらない。それは、自然数でも整数でも、「かけ算構造の言葉だけで」同じ状況を作ることができるからです。