校名から自らの主張に近い高校だと判断したのだろう、キーン氏は依頼を受諾し、リハーサルだということでスピーチを始める。
銃を保持する権利の重要さを訴えるキーン氏だが、カメラが引いて行くと、そこには3044の誰も座っていない白い椅子が等間隔で並べられ、ショッキングな形で映し出される。
3044という数字は、2021年に銃によって殺害されたために卒業できなかった高校生の数で、それが「THE LOST CLASS(失われたクラス)」である。
3044個の空席が訴えかけること
結果としてキーン氏は、3044の空席に向かって、銃規制強化への反対論を熱く語ることになる。それはとりもなおさず、銃により殺害された高校生の不在を訴える場面でもある。
「夢をあきらめず、現実のものにしよう!」と語りかけるキーン氏の声のバックには、3044の空席の映像が映し出される。そして黒字に白い文字で、「キーン氏がどれだけ自分のスピーチに説得力があると考えたとしても……(失われたクラスでは、誰も聴くことはできない)」と描き出される。
そして、それにかぶさってくる音声は、銃による襲撃の現場と警察の間で交わされた、悲痛で生々しい会話だ。この動画を見る者は、銃による犯罪の悲惨さを心情的にも強く感じ、銃規制反対のむなしさをあらためて感じる仕掛けとなっている。最後に現れる文字は、「(銃購買時の)身元確認強化の請願に署名しよう」というメッセージだ。
この動画と、もう1人別の銃規制反対論者を招いた動画、さらにChange the Ref.創設者で自身の子供を銃撃で亡くしている夫婦がインタビューに応える動画の3本を作成し、ネット上に流したところ、延べ14億回の視聴があり、CNN、ワシントンポスト、ザ・ガーディアンなど多くのメジャーなメディアに取り上げられ、身元確認強化請願への署名は4万1791名分も集まったという。
この動画を見ると、とにかく心を動かされる。しかし、その背景を知って再度見ると、スピーチをしているデイビッド・キーン氏は意見が真っ向から異なるChange the Ref.に騙し討ちに合い、それを世界中にさらけ出されたわけで、そのやり方は、筆者個人としては少し首をひねらざるを得ない部分もある。
しかし、それでも、動画を視聴することで銃規制強化の必要性は強く感じるし、また米国での銃による事件の現状は、これくらいのあざといことをしないと効果が見込めない、待った無しの状況なのだと、あらためて感じた。
連載:先進事例に学ぶ広告コミュニケーションのいま
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