ライフスタイル

2022.07.07 15:00

なぜ、合理的でなく「思いがけず利他」なのか?


「受け取る」ことで生まれる


私たちは「利他とは与えること」と思い込んでいるが、いいことをしようとしても、時に相手を傷つけてしまったり、ありがた迷惑なこともあるように、利他として受け取られなければ成立しない。利他には与えることではなく、受け取ることで発生する原理があるのだ。

先述のマルセル・モース曰く、利他の起源は「過去から大量のものを受け取っていることへの気づき」にあるという。太陽、大地、空気といった環境からすでに多くを受け取っているにもかかわらず、その現実を自明視しないから、人間は世界を自らの意志によってコントロールできると考えてしまう。

自然、死者、歴史─人間は多くを受け取っているということに気づいたときに、初めて受け取ったものをどう循環させようかという思考になる。人間は、利他を受け取っている存在であることを起点に世界を考えようというのが、モースの100年ほど前の議論だ。

「贈与」の意味を探求したモースだが、資本主義の否定はしていない。しかし、資本主義は行きすぎると破綻するため、協同組合などと併立させるのがよいというモースの考えに、私は共感する。

資本主義は単独では存在せず、国家の税金など市場外の存在の介入で、市場はまわる。子育てや教育をはじめ、利益の最大化を目指す市場の論理だけで世界は動いていない。資本主義を考えるとき、市場の論理で動く領域と併立して、利他の論理で動く領域、贈与の世界がしっかりとある構造が理想だ。昔から豊穣にあった贈与の世界を利他の循環で分厚くさせながら市場の論理で動く領域とどう連関させるか。利他を通して、これからを考えたい。(談)


中島岳志◎東京工業大学 科学技術創成研究院 未来の人類研究センター・リベラルアーツ研究教育院教授。現代日本政治、日本思想史、インド政治研究。同大学で、「利他」をキーワードに、人間のあり方、社会のあり方を再定義する「利他プロジェクト」を行う。

文=フォーブス ジャパン編集部 イラストレーション=Kouzou Sakai

この記事は 「Forbes JAPAN No.093 2022年月5号(2022/3/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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