経済・社会

2022.06.24 18:00

私は殺ろしていません。「元記者の精神科医+法+報」で無罪獲得、その道程

西山美香さんの再診無罪判決を知らせる中日新聞記事


「幼稚園バス運転手」の冤罪事件でも上告を一蹴


足利事件──1990年、栃木県足利市で4歳女児が殺され、DNA鑑定を基に幼稚園バス運転手の菅家利和さんが逮捕、無期懲役の判決を受けた冤罪事件。
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当時のDNA鑑定は精度が低く、ずさんな方法で鑑定された。確定審で弁護団がDNA再鑑定を求め上告したが、これを一蹴したのが後藤真理子最高裁調査官だった。

上告棄却の9年後、再審請求審で東京高裁がやっとDNA再鑑定を認め、菅家さんは雪冤を果たす。

最高裁の判断根拠について秦編集委員はこう書く。
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「(最初の)鑑定に誤りはない、との確信と、菅家さんの逮捕前の自白が真実だとの思い込みがあったのではないか」

後藤最高裁調査官は上告棄却3年後の判例解説で、最初のDNA鑑定は「科学的妥当性に疑問を挟む余地はない」と記しながら、その2年後、別の論文で「DNA型鑑定は、その初期において『究極の鑑定』として決定的な証拠であるかのような誤解を与えていた可能性がある」と修正している。

足利事件は、鑑定の誤り、逮捕前の自白、供述弱者の問題と多くの点で呼吸器事件と共通する。後年、呼吸器事件を担当した時、足利事件と同じ轍を踏まないようにという、後藤裁判長の胸に去来した思いが推察できる。


石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞を受賞した中日新聞の連載「西山美香さんの手紙」

裁判官は「再審決定の翌日、栄転」?


この原稿を書いている最中、全く別の司法ニュースが飛び込んできた。

11年前の東日本大震災で起きた東京電力福島第一原発事故において、避難住民らが国に損害賠償を求めた訴訟の上告審判決があった。最高裁第二小法廷は国の責任はないと否定したが、担当裁判官4人のうち、唯一住民側の立場に寄った反対意見を出したのが検察官出身の三浦守裁判官だった。

三浦裁判官は5年前のクリスマスの日、呼吸器事件で後藤大阪高裁裁判長が出した再審決定に対し特別抗告した大阪高検検事長だった。つまり、美香さんにとっては“不倶戴天の敵”ともいうべき権力者。この抗告で美香さんの雪冤は1年3か月、遅れた。

後藤裁判長は再審決定の翌日、東京高裁総括部判事に栄転しており、三浦検事長は、特別抗告後に最高裁判事に栄転している。結局、2人とも「組織の人」なのだろう。

かつて新聞記者時代、東京地検を担当したことのある私は、国家権力についてさまざまな思いを巡らせたものだ。ロッキード事件の主任検事だった吉永祐介元検事総長のような例外もあるが、ほとんどの検察官が上意下達のムラ社会で生きているように見えた。

なにもそれは、司法の分野に限らない。公務員だけでもなく、民間だって政治の世界だって同じこと。「組織の論理」にからめとられ、つねに、“お上(かみ)”を忖度する国、ニッポン。

過ちては則ち改むるに憚(はばか)ることなかれ(論語)

──事故や失敗の原因を究明し、再発防止を追求する学問に「失敗学」がある。NPO法人失敗学会が設立されて20年。浜の真砂ほどもある失敗から、確かな教訓を得ることができるには、あとどれくらいの時が必要なのだろう。 

関連記事:すべての人が「供述弱者」になりうる 冤罪をどう防ぐか|#供述弱者を知る

文=小出将則

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