私は殺ろしていません。「元記者の精神科医+法+報」で無罪獲得、その道程

西山美香さんの再診無罪判決を知らせる中日新聞記事

「湖東記念病院事件」。供述弱者の冤罪事件として歴史に刻まれる事件である。これについては元中日新聞編集委員の秦融氏による連載「#供述弱者を知る」にも詳しいが、ここでは「医+法+報」の「医」として関わった者として以下、自らそのあらましを振り返ってみたい。


国家の犯罪「冤罪」、その素顔とは


(石川の)浜の真砂は尽きるとも 世に盗人の種は尽きまじ 

戦国時代の大泥棒、石川五右衛門の辞世とされるこの歌の「盗人」の部分を他の語に置き換える言葉遊びがある。私は新聞記者時代の検察担当だったころ、「」内に「さんずい」を入れて口ずさんだものだった。「汚」の字のヘンがさんずいなので、それが汚職事件を表す隠語だったから──

翻って今なら、「えんざい」の四文字を入れるところだろう。

「冤罪」を皆が正しく読んでその意味を知るばかりでなく、冤罪という国家の犯罪が無くなることを願い、東京・渋谷の伊藤塾で先月、私が登壇した講演「湖東記念病院事件」から学ぶ~供述弱者の冤罪を防ぐために~を振り返ってみたい。(肩書はすべて当時のもの)


講演「『湖東記念病院事件』から学ぶ~供述弱者の冤罪を防ぐために~」で壇上に立つ筆者(東京・渋谷の「伊藤塾」で)

「私は殺ろしていません」


湖東記念病院事件は、2003年5月22日早朝、滋賀県・南彦根の湖東記念病院で植物状態の72歳男性(Tさん)が死亡した際、人工呼吸器のチューブを抜いて殺害したとして、看護助手の西山美香さん(42歳)が殺人罪で逮捕、起訴された冤罪事件だ。確定審で懲役12年の判決を下され、刑に服した。

しかし、彼女は獄中から「私は殺ろしていません」と無実を訴える手紙を両親あてに350通余も書き続けた。その顚末(てんまつ)は後に述べる。

Tさんは亡くなる約半年前、呼吸不全で緊急入院した直後に心肺停止し、心拍が再開したものの意識は戻らず、一貫して人工呼吸器と栄養チューブ、点滴につながれていた。途中の脳波測定では平坦波に近く、死後の司法解剖ではほぼ脳死状態であり、回復の見込みはないとされた。それなのに、なぜ美香さんは逮捕されたのか?

「人工呼吸器のチューブが外れていた」


Tさんが亡くなる日、当直看護師は痰(たん)の吸引を怠っていた。自力呼吸ができず、頻回の吸引をしないと痰詰まりで窒息の恐れがあった。明け方に呼吸停止状態のTさんを発見した看護師は事情聴取に「人工呼吸器のチューブが外れていた」と証言した。

この夜、たまたま看護師と当直で一緒だったのが美香さんだった。農業高校を卒業後、いくつかの仕事を経て、資格の要らぬ看護助手として同病院で働いていた美香さんは、Tさんら患者の世話係を務めていた。

看護師のチューブ外れ発言を受け、警察は当初、外れを見過ごした看護師の業務上過失致死事件(業過)として始動した。

しかし、重大な点が解明できなかった。チューブが外れれば必ず鳴るアラームを聞いた者が一人もいないのだ。明け方、皆が寝静まる病棟内で鳴り響くはずの警告音を、病院関係者だけでなく、当日Tさんと同じ病棟で入院中の子どもに付き添い、寝ずの看病をしていた家族も聞いていない。

いったいなぜ?
次ページ > 「アラームが鳴らなかった」理由

文=小出将則

ForbesBrandVoice

人気記事