19世紀の西アフリカのダホメ(現ベナン)で奴隷商人となったブラジル生まれの男を描いた「ウイダーの副王」(1980年)や、オーストラリアのアボリジニの文化に題材を取り「人はなぜ放浪するのか」という命題について問いかけた「ソングライン」(1987年)など、チャトウィンは48年の短い生涯で5つの小説を発表している。
ブルース・チャトウィンが南米で撮影した廃船の写真(c)SIDEWAYS FILM
ヘルツォーク監督は、この伝説の紀行作家であるブルース・チャトウィンが歩いた場所を自らも実際にたどり、本人の肉声や関係者の証言なども含め全8章から成る渾身のドキュメンタリー作品としてまとめあげた。ヘルツォーク監督は、作品について次のように語っている。
「これは伝記映画ではありません。制作の話が出たとき、この映画はブルースと私に共通する世界観に基づくものにするべきだと言いました。私たちは、人生の基礎的なことについてとても似た考えを持っていた。例えば、自らの足で歩く旅『ノマディズム(放浪)』についてです。この映画は、世界観との出会いであり、野生や本能についての物語であり、そして詩的であるべきだと伝えました」
ヘルツォーク監督の「歩いて見た世界 ブルース・チャトウィンの足跡」は、チャトウィン自身が語る印象的な朗読から始まる。
「祖母の家の食堂にガラス張りの飾り棚があった。飾り棚のなかには一片の皮があった。小さいが厚く、茶色の剛毛に覆われた皮は、ピンで台紙に留められていた。『あれなあに?』『ブロントサウルスの皮』よ」
いまはアルゼンチンのラプラタの博物館で展示されている「ブロントサウルス(大ナマケモノ)の皮」(c)SIDEWAYS FILM
これは彼の最初の小説「パタゴニア」の冒頭にも出てくるエピソードだが、ヘルツォーク監督は、1895年にこの皮が発見されたチリ南部のラストホープ湾の洞窟を自ら訪れ、発見者の曾孫にインタビューしている。
その皮がブロントサウルスではなく、古代に生息した「大ナマケモノ(ミロドン)」の皮だったということは、チャトウィン自身も小説のなかで書いているが、ここからすべてが始まったのだと宣言するかのように、ヘルツォーク監督はこのエピソードを第1章に据えている。
またこの章では、チャトウィンの伝記作家であるニコラス・シェイクスピアの「祖母の飾り棚にあったさまざまなもの(ミロドンの皮や、パタゴニアの釣り針、陶器製のビクトリア朝時代の旅人の像など)は、彼が訪ねてみたい場所の象徴であった。後に彼は、すべての土地を自らの足で旅している」という証言も挿入している。