本屋大賞の小説「流浪の月」を映画化。「パラサイト」の撮影監督も参加


家内更紗(広瀬すず)は、ファミリーレストランでパートとして働きながら、恋人の亮(横浜流星)と暮らす日々を送っていた。亮とは結婚を意識していたが、更紗は気になる「過去」も抱えていた。彼女は15年前に世間を騒がせた小学生女児誘拐監禁事件の被害者だったのだ。


『流浪の月』(C)2022「流浪の月」製作委員会 ギャガ

「家内更紗」の名前は、ネットで検索をかければ、すぐに現れ、事件の概要も知ることができる。彼女の住む地方都市では、いまだに事件は人々の好奇の対象となっており、そのこともあり更紗はどちらかというと控えめに静かな生活を送っていた。

ある日、更紗は同僚の佳菜子(趣里)に連れられ、ビルの2階でひっそりと営業するバーを訪れる。照明を落とした店内で1人接客する店の主人を見て、更紗は息を呑む。15年ぶりに彼女の前に現れた誘拐監禁事件の「犯人」、佐伯文(松坂桃李)だったのだ。


『流浪の月』(C)2022「流浪の月」製作委員会 ギャガ

実は、更紗のなかでは、文は「犯人」として記憶されてはいない。父親を亡くし、母親は家を出てしまい、伯母の家に引き取られていた更紗にとっては、文は初めて心を通じ合えた人間だったのだ。15年前、文に「誘拐」されて「監禁」された生活は、更紗にとってはまさに安息の場所だった。

過去の甘美な記憶に動かされるように、更紗は仕事帰りに文のバーへ立ち寄るようになる。しかし、文が自分に気付いているのかははっきりしない。更紗と一緒に暮らす恋人の亮が、そんな彼女の行動に異変を感じ、パート先にシフトを確認したり、彼女の行先に現れたりするようになる。

そんなとき、ネットで15年前の女児監禁誘拐事件のまとめサイトが更新される。そこには、犯人の現在の姿として、バーを営む文の写真が掲載されていたのだった。動揺する更紗に、亮は「あんな奴がいつまでも隠れていられるわけないだろ? いいかげん目を覚ませ」と激しい言葉を投げつけるのだった……。

原作では更紗と文のそれぞれの視点から過去と現在の話が語られているが、映画では更紗を主人公として、前述のように現在の時間軸のなかで過去の事件が明らかにされていく。

文が犯人として逮捕される場所や、最終的な結末などの設定も映画では変更されており、このあたり李監督の脚本は、原作の世界観を保ちつつ、さらに映画的な陰影を盛り込み、独自の物語世界を形成している。原作者の凪良も脚本には賛辞を送っているが、李監督は次のように語る。

「観客はいまの更紗が置かれた状況や葛藤を見つめながら、自由で幸福だったあの頃に思いを馳せる。15年離れていても互いを思い続けた痕跡と、それらが生む周囲との摩擦。加えて文が密かに抱えている絶望……、過去と現在を連結させながら、更紗と文の宿命をいかにダイナミックに展開させるかに腐心しました」
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文=稲垣 伸寿

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