ニューヨーク映画批評家協会賞は、全米各地の批評家が選ぶ賞としてはもっとも古く(1935年設立)、過去には「市民ケーン」(第7回)や「フェリーニのアマルコルド」(第40回)など映画史に残る名作が作品賞に名を連ねている。もちろん日本映画が作品賞を受賞するのは初めてのことだ。
ボストン映画批評家協会賞は1982年設立の比較的新しい賞だが、昨年は「ノマドランド」、一昨年は「ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語」が作品賞を受賞しており、いずれもその後アカデミー賞の作品賞にもノミネートされている。特に「ノマドランド」は作品賞、監督賞、主演女優賞の3部門で受賞も果たしている。
「ドライブ・マイ・カー」は村上春樹の小説が原作だが、原作者がアメリカでもよく知られている作家ということもあり、多少それが今回の受賞には「寄与」したのではないかとも思われる。
とはいえ、これまでヨーロッパの映画賞では数々の受賞に輝いていた濱口竜介監督が、映画の「本場」であるアメリカでも作品が認められたということは、繰り返しになるが、まさに快挙と言うしかない。
自らの原点に立ち戻る作品
その濱口監督が、「ドライブ・マイ・カー」と並行して製作を進めていた作品が「偶然と想像」だ。こちらも世界三大映画祭の1つであるベルリン国際映画祭で銀熊賞(審査員グランプリ)を受賞した作品だ。
「偶然と想像」は、3つの短篇から成るオムニバス作品で、脚本も濱口監督が自ら執筆している。それぞれ35分、44分、39分の3つの物語に、「魔法(よりもっと不確か)」「扉は開けたままで」「もう一度」というタイトルが付けられており、いずれも偶然や想像が引き起こす人々の日常の変化を鮮やかに描いている。
「魔法(よりもっと不確か)」は、モデルの芽衣子(古川琴音)が、撮影帰りの車中で同乗したヘアメイクのつぐみ(玄理)から、彼女が最近出会い好意を抱いた男性(中島歩)の話を聞かされるところから始まる。話を聞くうち、芽衣子にはピンとくるものがあり、そのまま運転手に自宅ではなく別の行き先を告げる。
(c)2021 NEOPA fictive
「扉は開けたままで」では、作家で大学教授の瀬川(渋川清彦)が、出席日数が足りない学生の佐々木(甲斐翔真)の単位取得を認めず、彼の就職内定が取り消しとなる。それを根に持った佐々木は、同級生の奈緒(森郁月)を唆して、文学賞を受賞したばかりの瀬川にハニートラップを仕掛けようとするのだった。
(c)2021 NEOPA fictive
「もう一度」では、高校の同窓会に参加するため故郷へ里帰りした夏子(占部房子)が、駅のエスカレーターで、あや(河井青葉)とすれ違う。お互いを認め、20年ぶりの再会に話し込む2人だったが、どこかに微かな齟齬も感じていた。
3つの短編とも、人間の心理の襞(ひだ)を丹念にたどり、そこに潜む容易ならざるものを描き出しており、濱口監督の初期の作品「PASSION」(2008年)や「永遠に君を愛す」(2009年)など、彼のインディーズ時代の作品に通ずるものを感じる。
濱口監督は、2018年の「寝ても覚めても」で商業映画デビューを飾るが、この作品も実は柴崎友香の小説が原作で、村上春樹原作の「ドライブ・マイ・カー」へと続く。なので「偶然と想像」は、濱口監督にとってはひさしぶりのオリジナル作品で、いわば自らの原点に立ち戻った作品とも言えるのだ。