パンデミック後のV字回復に期待
一方で、グラブが21年9月に発表した同年6月までの第3四半期の最終損益は8億1500万ドルの赤字で、損失額は前年同期の7億1800万ドルを上回った。また、東南アジアが引き続きパンデミックの悪影響に苦しむなか、21年通期のGMV見通しを以前の予測の167億ドルから150億〜155億ドルに引き下げ、EBITDA(利払い・税引き・減価償却前損益)を7億〜9億ドルの赤字に下方修正した。
しかし、この損失を軽減したのがデリバリー事業の伸びだ。20年のGMVは前年の29億ドルからほぼ2倍の55億ドルに増え、初めて配車サービスを上回った。金融サービスもまたパンデミックの期間中に安定的に伸び、19年には78億ドルだった決済総額が20年は89億ドルに増加した。
タンは、グラブの配車ビジネスがまもなくパンデミック以前のレベルに回復し、金融サービスも伸びると期待している。さらに、スーパーアプリ戦略に注力することで、当面の損失は約53億ドルの手元資金で吸収できるとしている。18年には、グラブのサービスを一つ以上利用している顧客は33%にすぎなかったが、21年6月には55%にまで増加した。
「ユーザーは当社のサービスに愛着を感じており、複数のサービスを利用するため、購入規模は他社を大きく上回っている」とタンは話す。実際、グラブは東南アジアに特有のさまざまな困難を克服しつつ、事業を拡大してきた。タンは、サムスンと交渉して大量の端末を配送ドライバー用に購入し、使い方を教えたときのエピソードについて明かす。「最初にドライバーを採用しようとした際、彼らの多くは携帯電話をもっていませんでした。高くて手が出なかったのです」
さらに、14年に発生した大規模なシステム障害で、グラブは重大な窮地に陥った。同社のシステムが予約の急増に対応できず、ドライバーやユーザーの怒りを買ったのだ。タンはそのとき、問題解決に向けて24時間ぶっ通しで働くエンジニアリング・チームとオフィスに寝泊まりした。プログラムを書けないタンは、「チームのそばにいて状況を把握し、彼らを精神的に支えようした」と、振り返る。
なかでも重要なのが、“食事の手配”だった。当時はまだグラブフードの立ち上げ前で、タンがピザの配達係を務めたという。その結果、予約システムを復旧させて難局を切り抜けることができた。
事業拡大に伴い、グラブは新たな人材を招き入れている。21年10月に共同創業者のフイリンがCOO(最高執行責任者)を退き、人事や企業戦略などを統括すると発表した。新COOには、シンガポールの機内食大手SATSでCEOを務めたアレックス・ハンゲイトが就任する。この人事により、16年から同社の会長を務めるミング・マーを含む強力な経営陣がさらに増強される。マーはソフトバンクの元幹部で、グラブへの2回の投資を担当している。
「ほとんどの人が今も創業者タンの元を離れずにいるという事実が、彼の優れたリーダーシップを物語っている」と、グラブに初期投資した、テマセク傘下のVCバーテックス・ベンチャーズのチュア・ジュウ・ホックは語る。
「彼は強い信念をもつ人物で、適切な人材を集め、的確に仕事を進めていけるのです」
タンの起業家としての信念は、ある特別な使命感に支えられているようだ。彼はこのように話す。
「人によくからかわれるのですが、私が経営者として数百万人に仕える立場にあるのは、神の導きによるものです。本気でそう信じています」