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2022.03.02

デジタル田園都市の実現性

岸田政権の「成長と分配の好循環」のうち「成長」には、4つの柱がある。そのうちのひとつが「デジタル田園都市国家構想」だ。

首相の所信表明演説(2021年12月6日)によると、この構想では「4.4兆円を投入し、地域が抱える、人口減少、高齢化、産業空洞化などの課題を、デジタルの力を活用することによって解決していきます。(中略)日本中、津々浦々、どこにいても、高速大容量のデジタルサービスを使えるようにします。世界最先端のデジタル基盤の上で、自動配送、ドローン宅配、遠隔医療、教育、防災、リモートワーク、スマート農業などのサービスを実装していきます」とある。

「田園都市」というと、首都圏の人は、東急電鉄の「田園都市線」や街としての「田園調布」を連想する人が多いかもしれない。岸田首相が構想する(政治的、心情的)基礎は、岸田派の源流にある宏池会の大平正芳元首相(1978年12月〜1980年6月在任)が提唱した「田園都市国家構想」であることは、永田町や霞が関では、よく知られている。岸田首相は、派閥直系の大先輩の構想を「デジタル」化して50年後に復活させたことになる。

宏池会の大平会長(当時)が最初に構想を語ってから6年後に首相になると、学者を動員して「田園都市構想研究グループ」をつくり、その報告書が『田園都市国家の構想』(大蔵省印刷局)として1980年に公表されている。大平構想の原点は、英国のエベネザー・ハワードが1898年に執筆出版した『To-morrow: A peaceful path to Real Reform』(邦訳『明日の田園都市』1968年刊)という本のなかにある「ガーデン・シティ構想」である。

農業地区と都会地区を融合させたコミュニティで、土地はすべてガーデン・シティの運営会社が保有し、農地、宅地の住人から賃貸料を徴収して運営する、幅広い緑地帯を設けるなど、事細かく計画が記されている。生産から消費まで完結するコミュニティのイメージが強い。

その構想に基づいて実際にいくつものコミュニティが英米に構築された。例えば最初のガーデン・シティといわれるイギリスのレッチワースやニューヨーク市内のフォレスト・ヒルズ・ガーデンがこれにあたる。

ガーデン・シティは直訳すると庭園都市となるが、大平構想では、なぜか田園都市として翻訳されている。庭園都市と田園都市ではイメージが少し違うが、大平構想の内容は田園と訳すのが適切かもしれない。

一方、東急電鉄(とその源流の会社)による田園都市線や田園都市(街)には農業の役割はなく、緑豊かな住宅地で、そこから都心へ通勤する、という庭園都市イメージが強い。ただ、一戸建て住宅の敷地面積の最低限を守らせる、街並み景観や緑地に配慮する、などは共通項である。
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文=伊藤隆敏

この記事は 「Forbes JAPAN No.092 2022年月4号(2022/2/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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