創発現象をテーマにしたスティーブン・ジョンソン(Steven Jhonson)氏の著作『Emergence』や、テリー・ディーコン(Terrence W. Deacon)氏の著作『The Symbolic Species』を紹介しながら、生命や人類の文明・文化の誕生の歴史から考えて、「新しい世界秩序は、『創発』されるのではないか」と、オグリビー氏はいう。
「創発」とは、高度で複雑なシステムがシンプルな存在から生まれてくる現象をいう。生命が存在しない状態から生命が誕生したり、言語が存在しない状態から言語が創発したように。複雑なシステムが創発によって生まれてくる実例を生物や人類の歴史は豊富に持っている。その事実と可能性に期待するということだろう。
「私の友人でもあるテリー・ディーコン氏(カリフォルニア大学バークレー校教授)の生命誕生の理論によれば、高度な組織体が単純な組織体から生まれる際には、『自治を手放す』という現象が起こります。これは、地球温暖化における国家間の協調に対して求められていることとも一致します」
COP26を見ても、互いの利害が絡むことに対して国家はなかなか譲らない。しかし、創発現象にあてはめてみれば、個々の利益を犠牲にして全体を活かす行為が起きることは不思議ではないとオグリビー氏は示唆する。
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シナリオ・プランニングのプロジェクトを通じて見えてきた地球温暖化問題における「予め決まった要因」としてのジオ・エンジニアリングに注目し、生物の創発現象という次元の違うコンセプトと結びつけて、新しい世界秩序の創発へと展開する。百戦錬磨のシナリオ・プランナーのスケールの大きい構想は、強く印象に残った。
一方で、このようなシナリオが現実に起こることは難しいかもしれないとオグリビー氏は語った。新しい世界秩序の創発や自治の放棄は、人類の未来に対するオグリビー氏の希望を込めたビジョンでもあるのだろう。
地球の未来への希望のシナリオ
講演の最後に、オグリビー氏は将来に希望がもてるメッセージを伝えたいとし、いくつかの書籍を紹介してくれた。
まず、ガイア・ヴィンス(Gaia Vince)氏の著作『Transcendence: How Humans Evolved through Fire, Language, Beauty, and Time』。本書によれば、人間は進化の過程でお互いに協力することで生き残り発展してきた生物であり、協力こそが人類が生き残る鍵だったという。
続いて、ルトガー・ブレグマン氏の著書『希望の歴史』。人間は利己的で欲望に支配された生き物であるといったイメージを私たちは抱きがちだ。しかし、本書は、人間の利己的な本性を科学的に証明した心理学の有名な実験の多くに、嘘や意図的な誘導があったことを丹念な再検証によって明らかにしている。他人への善意や互いに助け合う精神こそが人間の本来の性質であり、人間のもつ善の心を私たちはもっと信頼していい。そんなポジテイブなメッセージを本書は投げかけている。
オグリビー氏は次のように締めくくった。
「もしこれら著者の言うことが正しいならば、私のシナリオにも希望が持てるはずです。ジオ・エンジニアリングの敗者も救うことができるし、地球が茹で上がることはないでしょう」
ジェイ・オグルビー◎哲学者、シナリオ・プランナー、未来学者。グローバル・ビジネス・ネットワーク(GBN)の共同設立者。GBNは戦略立案のための最も一般的なツールとして世界で活用されているシナリオ・プランニングの方法論と実践を普及させるための知の中心となった。GBN以前は、イェール大学で哲学者として教鞭をとったのち、SRIインターナショナルのValues and Lifestyles Programのリサーチ・ディレクターを務めている。氏には『Creating Better Futures』、『Facing the Fold』、『Essays on Scenario Planning 』、『China’s Futures』など多数の論文・書籍がある。
連載:マーケティングとイノベーションの交差点
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