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2022.01.15 12:00

嵐の中、子供時代を生き直す2つの「個」として|イノベーターの妻たち


実は、彼は、後でその体験をプレゼンで使っていたりするんです。「妻に変なところに連れていかれて完全に思考が停止した」という状況を、ネタにしている(笑)。

そして、「その空間に没入して、体感した」時間は、時が経ってから概念に重要な変容を起こさせることがあります。だから彼だって、「そこにいて、問いに対峙せよ」という現代アートの挑戦的な体験に刺激されることがあるかもしれません。

「アート思考」のパッケージ撃退、に効果あり──


でもとりあえず彼自身は、「妻がアートのバックグラウンドがあるってことは自分の教養に有効というより、うるさい人を黙らせるのにすごく活用できているな」と言っていますね。

2017年に、山口周さんの『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」』が大変な話題を呼び、ビジネスの現場にも「多様かつ不安定な時代背景では、分析、論理、理性だけを重視したビジネス指向で経営のジャッジをすることはできない」という意識変化がありましたよね。それもあって、実業界の人たちも「アート思考が大事」と言うようになった。


「KESHIN」などでアート仮装活動を始める前、2013年の創作から、「提督 COMMODORE」。ジャン・アルプやコンスタンティン・ブランクーシをも彷彿とさせる美しい具象作品だ

それで、彼にも「私はアート思考を学んでいる」と説教をされる人が多いらしいんです。「君の言っていることは、アート思考の面では、こうで、こういうことだよね」とか。

そんなときに「うち、かみさんがアートやデザインをやってて、個展も開いているんですよね」と言うと、「アート思考」のパッケージにくるまれたお説教がパタっと止まるのでなかなか便利みたいです(笑)。

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「農道のポルシェ/フェラーリ」などとも称される愛車、ダイハツ「ハイゼットジャンボ」とアトリエ前で 

デキるビジネスパーソンにこそ薦めたい、「ポンコツアピール」


彼はかつて、人から攻撃されることに関してものすごく敏感だった、いわば常に「臨戦態勢オン」の状態。眉間に深いシワが入っていて、鉄腕剛力に見える、透明なモビルスーツみたいなものに身を包んでいたんです。「円さんって、なんだかピリピリしてるよね」と言われるくらいでした。

その眉間のシワが、最近はだんだん浅くなってきた。モビルスーツもいつの間にか脱いじゃったみたいです。

実は、意外かもしれませんが彼には「自分は劣っている」というコンプレックスがあって、それを隠すために武装していたんですよね。「自分は立派な人間だ」と証明するために死ぬほど頑張らなくてはいけない、でなければ社会から価値を感じてもらえないといった刷り込みがあったようです。

それもあって努力を重ね、ある程度評価されるようになったので、私が逆に、「あなたはもう、自分が必要としていた以上に、社会からは『すごい人』に見えている。そろそろもう弱いところも見せていいんじゃない」と言ったんです。

彼も私と同じADHDで、忘れ物が多かったり、すごく道に迷ったり、ダメで可愛いらしいところがたくさんあるんですが、それをずっと隠していた。でも、私が、そういうところも出したほうがいいよ、逆に「ポンコツアピール」もすれば? と薦めたら、肩の荷がかなり降ろせたらしいんです。
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文=石井節子 写真=曽川拓哉

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