試験の範囲、テーマは
私の講義の試験範囲は、「やったとこからやったとこまで。やってないところからは、出しません」という、あるようなないようなものでした。法学は記憶ではなく思考の学問ですから、条文を記憶したり、「穴埋め」したりする方式の問題は出さないとだけは事前に言ってあった。それだけに、答案用紙では「理解していること」を証明するように周知しておいたので、カンペ作りもけっこうな大仕事だったはずです。
教科書も私が編集したもの(『資料で考える憲法』法律文化社)を使用していましたが、試験範囲はページでは指定しない。歴史に始まり、大日本帝国憲法、日本国憲法は前文、第1章「天皇」、第2章「戦争の放棄」、第3章「国民の権利及び義務」、第4章から6章の「国会」、「内閣」、「司法」、そして第9章「改正」、第10章「最高法規」などには必ず触れる。
そんなふうに範囲はかなり網羅的だったので、A4裏表の使い方はまさに人それぞれ。自分が重要だと考えたところをそれぞれ書くから、みんな違う。講義が15回だった場合、A4の用紙を15分割して「各回の要点をまとめる」方式の几帳面な学生もいました。
ただ、箇条書きしてくる学生はほぼいなかった。稀にいる時は、自宅で準備せず試験当日、少しだけ早めに着席して自席で「項目だけ」抜き出したケースですね。実はそれでは「理解度」を証明する上で、無意味なんですが。
わかっているところは重要であっても「書かない」
ある時、私の講義をとくに熱心に聴講していた卒業生と話す機会があったのですが、「授業を聴いて自分が理解できたところはあえてカンニングペーパーに入れない、用語とか、覚えきれないところを重点的に書きました」と言っていました。
その卒業生のやり方は、まさに「真」だったと思います。なぜなら、わかっているところまで書いてしまうと、苦手なところ、理解に手間取っているところが際立ちにくいドキュメントになってしまう。
実際に、「スペースが狭い」という悪条件を好条件に転じてうまく取捨選択し、本当に「ポイントだけ」を書ける学生がいい答案を作れていた印象ですね。これは実は、ビジネスパーソンの人たちがプレゼンテーションの際の「あんちょこ」を作るときにも、役に立つ極意だと思います。
カンペを作ってこないのに答案だけよく出来ていた学生はほぼいなかった。持って来なかった子に聞くと理由は3パターン、すなわち、作ったけど持ってくるのを忘れた、 作ったが、作った時点でもう必要なくなったので持ち込んでいない、作らなかった、でした。当然、2番目の学生の答案が本当にすばらしかった。
「A4より大きいサイズはNG」、「私が講義用に作ったレジュメに書き込むのは違反」など、いちおうカンペにもルールを設けていたので、試験時間中、巡回をして、すべての学生のカンペをチェックしました。
冒頭に「小宇宙」と言いましたが、A4のカンペ1枚の使い方には実に個性や性格が出ます。ああ、この子は講義をよく聴いてたんだろうなあ、とか、逆に聴いてなかったんだな、ということもわかります。後者の子の出席率を見ると、やはり欠席が多かったりして。
虫眼鏡がないと読めないようなもの、非常にカラフルなものなど、それぞれに個性的でしたね。ちなみに、虫眼鏡の持ち込みはNGにしていました。
──省くもの、残すべきものさえ見誤らなければ、学問も、ビジネスもその他も、だいたいうまくいく。谷口氏はこう励ましてくれている気がした。
今は社会人となった彼らがたとえばプレゼンなどのアウトプットで悩むとき、谷口先生の教えが力になっていますように。「小宇宙のような」元阪大生たちのカンニングペーパーを見返しながら、そう考えた。