────:周囲に周知したことで辛い思いをされたご経験はありますか?
菊地氏:当時はまだ発達障害の認知度は低く、「発達障害」「ADHD」と言っても、ほとんどのお母さんは「何それ?」といった感じでした。なので、障害についてよりも、大夢の普段の行動自体について、いろいろと指摘されることが多かったと思います。
ただ私自身はお母さん方と関わることがほとんどなかったので、直接何か辛くなることを言われた経験はありません。
ですが、仕事柄(菊地氏は、秋田県潟上市内で美容室を営む)、さまざまなお母さん方とお話する中で、「クラスにいる障害のある子のことを誹謗する人」や「何もわからないのにすべてわかったつもりで話をする人」などがいらっしゃいました。
「これがお母さんたちの気持ちなんだなあ」とも思いましたが、そうした声もしっかりと受けとめた上で、「子どもと私がキチンとした思いやりのある行動をすれば、きっとみんなにわかってもらえるはず!」と思いましたし、最終的にはわかってもらえたとも思っています。
親や家族でさえ、理解すること、受け入れることに時間がかかるのだから、他の人はそれ以上に時間がかかると思います。
ですから私は、自分や子どもが他人のことを決して悪く言わない、そのことの方が大事だと思っています。
────:ご著書には、あるお友達を同じクラスにしてもらうよう、学校に申し入れをしたとありました。そのほかに、学校に頼んで変えられたこと、また、逆に変えられなかったことがあったら教えてください。
菊地氏:小学生のとき、「大夢がパニックになったときに、落ち着ける場所を作ってほしい」「リコーダー等の高音が苦手なので、本人に確認して、調子次第では音楽をお休みさせてほしい」「いつもと違う行動を取る必要があるとき、行事のときは、前もって本人に声かけと確認をしてほしい」ということをお願いしていました。
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当時は学校も先生方も初めてのことだったそうですが、「わかりました」「やってみましょう」という感じでたいがいのことを受け入れてくださったので、本当に恵まれていたと思います。