同社は、主に医療分野や製造業向けに事業を展開する「管のなんでも屋」。歯科用麻酔針では国内シェア5割を誇る。
日本で新型コロナウイルスのワクチン接種が開始したのは2021年2月。政府はもともと注射器2億本を調達していたが課題が浮上した。米ファイザー製ワクチンは1瓶から6回分の接種が可能とされていたものの、確保していた一般的な注射器は、薬液を押し出した後でも一部が残ってしまう形状で、5回分しか接種できなかったのだ。
そこで白羽の矢が立ったのが栃木精工だ。同社は美容用などで、薬液のロスを減らせる「ローデッドタイプ」の注射針を従前から手がけていた。これをワクチン用に応用すれば、1瓶あたり6回の接種が可能となる。
偶然にも同社は生産ラインを増築したばかりだった。代表取締役社長の川嶋大樹は、「事業が好調で、工場は交代制シフトを敷いて24時間フル稼働していたのですが、夜勤は体への負担が大きい。稼働率よりも社員の健康が大事だと考えて、日勤を中心とした体制に変えるためにラインを増やしたのです」と振り返る。
増築したラインを含め、昼間に生産可能な注射針は月あたり1000万本。3カ月で6000万本をつくるためには夜間の稼働が不可欠だった。「辞退も考えました」と川嶋は漏らす。それでも、多くの社員から、「国民の命にかかわる一大事なので、全社一丸となってやるべきだ」と声が上がり、引き受けることに決めた。
24時間態勢で生産を続け、無事3カ月で納入。「やり遂げることができてよかった。社員は仕事に誇りをもってくれたし、組織力も上がりました」と川嶋は言う。「目先の利益に固執せず、会社のあるべき姿を追求することが、結果として成長につながるのだと実感しています」。
かわしま・ひろき◎1978年生まれ。東京工業大学大学院分子生命科学専攻修了。製薬会社を経て2006年に栃木精工に入社。10年6月より現職。「Forbes JAPAN SMALL GIANTS AWARD 2021」ではローカルヒーロー賞を受賞。