第一次産業への貢献。京都のシェフが考える「料理人にできること」

「チェンチ」のオーナーシェフ、坂本健氏


「天然魚を追い求め続けたら、いつかはゼロになってしまう日がくることを料理人としては自覚しなければいけない」と言う坂本さん。そのための準備を今から始めないと間に合わなくなるという危機感と使命感がある。

「えさにこだわり、1区画の中に何匹飼えるといった手間と効率を考えると、いい養殖魚は高額にならざるをえない。しかし、料理人が発信することでそうした養殖魚をブランド化していくことができれば、価値も知名度も上がり、一般の需要も喚起されるはずです。キロ2000円で売ることができれば、養殖にかけられるコストもぐんと上げられる。現在の薄利多売では、飼料も相応のものしか使えず、生育環境も悪くなる悪循環。我々が集まって、その悪循環を断ち切る手伝いをしたい」


子持ち鮎のフライにヨーグルトとすぐきのタルタルソースを添えて。骨を究極にきれいに揚げることで、洋食からガストロノミーの料理に

実は、坂本さんの修業時代は、店舗数や売り上げを増やすことに重きが置かれ、スタッフは疲弊していったという。「その忙しさのおかげで今の自分があると感謝はしていますが」と前置きしながら、次のように語る。

「自分たちが疲れていては人を幸せにすることはできないと強く感じました。だから、いま店をやっていて一番大切にしているのは丁寧さです。ありがたいことに、お客さまにも丁寧さはきちんと伝わる。また、このコロナ禍で、ラグジュアリーに対する考え方も変わったと思います。いわゆる高級食材を多用するのではなく、たとえば、自家製の麹に1年間漬けた滋味のほうに価値を感じるようになってきています」

それは仕入れ先の農家との付き合い方にしても同様だ。顔を見て、話し合って、お互いを信頼し合ってから野菜を仕入れるという。だから、京野菜に固執することもなければ、名前のある農園やブランド野菜だからということで仕入れることもない。

単純に高価なものを仕入れて、高額で売るということではなく、時間をかけて土を育てて野菜を作っている農家に対してはきちんと対価を払っていきたいという思いが強いのだ。そうすれば、きちんと経済的な循環を作ることもできるし、後継者不足の課題の解決の役に立つはずだとも考える。


坂本健氏(手前)と仕入先の柑橘農家、宇和島の高木信雄さん(奥)

「一次産業のブランド力をもっと上げるというか、経済的にも、イメージ的にも価値を上げていくこと。それが、料理人のできることの一つなんじゃないかと思うんです。今年からうちの店は、完全週休2日制にしました。そうすることで、スタッフも、1日は産地や畑を訪ねることもでき、それによって自分自身を豊かにすることができると考えています」と生産者への思いは強い。
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文=小松宏子

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