シェフが繋ぐ食の未来

太田哲雄シェフ

『アマゾンの料理人 世界一の“美味しい”を探して僕が行き着いた場所』(講談社)の著者でもある太田哲雄氏は、イタリアの星付きレストランを出発点に、富裕層のプライベートシェフを務めたのち、世界一予約のとれないレストランとして名を馳せた「エル・ブジ」のフェラン・アドリアのもとで研鑽を積んだ。そうした修業を通して、太田氏は次第に料理人の思想や社会活動に興味を持つようになっていく。

次に訪れたのは意外にも南米のペルー。理由は、食材の宝庫であると同時に、次期大統領と言われるほどに国民から熱い支持を得るガストン・アクリオ氏の店「アストリッド イ ガストン」で働くためだった。滞在中に何度もアマゾンの奥地を訪れ、そこでのカカオ農家との出会いが、その後の太田氏の生き方を左右するにいたったのである。

ペルーとカカオと軽井沢


2015年に帰国後、プライベートシェフとして、また、リストランテのオーナーシェフとしてガストロノミックな活動を続ける傍ら、不当に安く買い叩かれていたペルーのカカオを、公正な価格で輸入し、利益を村人に還元し、彼らの生活を助けるという、アマゾンカカオの普及活動を始めた。


アマゾンカカオ

アマゾンカカオの特徴は、フルーティで酸味が強いことと、発酵臭を敢えて消さないこと。つまり、これまでにない、個性的な風味を持つカカオだった。名だたるシェフやパティシエにカカオを持参して使用してもらうことで、その特徴を理解してもらい、少しずつ販路を広げていった。自身も水だけで作るフォンダンショコラなどの菓子類をSNSを通じて広く販売した。

また、乳脂肪分を加えていないカカオは胡麻のようにも使えるため、「サロン・ド・ショコラ」では、カカオと肉の煮込みや、玉ねぎとカカオのグラタンなど、カカオの可能性を広げる料理を披露した。そのかいあって、7年を経た今、アマゾンカカオの名前は広く知られることとなった。

ところでその間、太田氏は、拠点を東京から軽井沢に移した。理由を聞くと、「もともと長野県白馬の出身で、長野県に貢献したい気持ちがあったんですね。同時に、東京でこれだけの面積の一軒家を借りることは難しく、これからのビジネスの可能性を広げるためにも広いスペースが必要だったからです」と返ってきた。


軽井沢にある「ラ・カーサ・ディ・テツオ・オオタ」

店名は「ラ・カーサ・ディ・テツオ・オオタ」。カーサとは家のことだから、レストランに限らず、チョコレートの卸しから菓子製造、他のシェフとのコラボレーションやワークショップまで、何足ものわらじをはきこなす太田氏にぴったりの名前ではないか。

文=小松宏子

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