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2015.05.22 16:36

税収3倍、雇用2倍! アメリカ発祥の地域経済開発手法「エコノミック・ガーデニング」とは何か。(前編)




弱小球団がデータを駆使し、奇跡を起こす映画『マネーボール』を彷彿とさせる町がある。15年間、1社の企業も誘致せず、税収3倍、雇用2倍を達成した人口4万人の町、リトルトンだ。複雑系の科学を駆使し、全員野球で中小企業を成長させた仕組みが全米から日本にも広がる動きがある。

景気の長期低迷によって、地域経済を支えてきた中小企業が苦境に陥っている。大都市圏と地方都市における経済格差問題にいっそう拍車がかかる。だが、困難な状況のなかにこそ叡智の扉はある。いま、地域活性化のための新たな政策が着目され、全国の自治体に広がりつつある。
「エコノミック・ガーデニング」と呼ばれるアメリカ発祥の地域経済開発手法である。庭師による造園に擬して、地域を“土壌”として中小企業を“植物”のように育んでいく。外部から企業を誘致するのではなく、地元の中小企業を育成・支援することで、地域経済を活性化させようという政策である。

ただし、エコノミック・ガーデニングには具体的なマニュアルがあるわけではない。風土や地域ごとに、あるいは業種や業態によっても取り組み方は異なってくる。共通して言えるのは「産・学・公・民・金」の連携だ。当該地域の経営者や商工団体(産)、大学など学術機関や研究者(学)、自治体の公務員や議員(公)、NPOや住民(民)、金融機関(金)が協力し合って中小企業を支援する必要がある。実践方法については後述するが、エコノミック・ガーデニング誕生の経緯と、先行国アメリカにおける成果を見ていくことにする。

日本ではまだ試行段階だが、アメリカにおけるエコノミック・ガーデニングの歴史は決して浅くはない。1989年、コロラド州リトルトンという人口約4万人の小都市から始まった。当時、リトルトン市は郊外にあった軍需工場が閉鎖し、数千人の失業者を出すなど危機状態にあった。市の経済開発部長を務めていたクリスチャン・ギボンズは、従来からの企業誘致(エコノミック・ハンティング)を続けることに限界を感じた。土地の提供や、法人税・固定資産税の減免措置など財政支出を講じても、企業側の採算性によって撤退のリスクは常につきまとうからだ。ギボンズは、地元の中小企業を育成することへと方針転換を試みる。まず、彼が目を向けたのは「ガゼル」と呼ばれる成長過程にある企業群だった。跳躍力のあるウシ科の小型動物になぞらえた言葉だが、ガゼルを支援することからエコノミック・ガーデニングは試行錯誤をくり返しながら進められていった。

エコノミック・ガーデニングの政策評価をするには、長期的な視野が必要となる。リトルトン市では就業者数が、実施翌年の1990年は約1万5,000 人だったのが、2005年には約3万5,000人に増加した。市の売上税収入も同様に、約680万ドルから約1,960万ドルまで増えた。著しい成果が認められたのである。リトルトン市の成功をきっかけに、エコノミック・ガーデニングは全米に広がった。ギボンズは現在、エコノミック・ガーデニング全米センターを運営している。ミシガン、フロリダ、カンザス、ルイジアナ州、メンフィス、ミネアポリス市など、38の州や都市と契約を結び、これまで約1,800社の中小企業のプログラムに携わっている。

近年、特に成果を挙げた事例についてギボンズに問い合わせてみた。彼は各州における事情を伝えてくれたが、瞠目すべきはフロリダ州の突出ぶりだった。「フロリダ州では、09年からエコノミック・ガーデニングを開始しました。リーマンショック後の大不況のさなかにもかかわらず、12 年までの3年間で雇用が年平均8.2%増加した(フロリダ州全体では1.6%増)。また、州と地方税の収入は11~13年でおよそ2,000万ドル(約23億円)も増えました」

“グローFL”というプログラムに参加した124 社(回答企業数)は12~13 年に、1社平均で450 万ドル(約5憶4,000万円)の収益を挙げた。総額にして5 億5,800 万ドル(約67 憶円)以上である。14 年はさらに10%の増益が見込まれるという。
また、カンザス州では10 年から12 年までの2年間で、参加企業28社で収益が3,000万ドル以上(年平均成長率16%)増え、正規雇用者も13.4%増加したという

ギボンズは文面で、中小企業がエコノミック・ガーデニングで成功する秘訣を示唆した。
「経営者には、企業を成長させる能力と欲求が求められます。5つのフレームワーク(中核となる企業戦略、市場力学、イノベーション、気質、見込み顧客情報)を理解し、利用することも重要です。企業活動においては、イノベーションがつくられてもすべてコモディティとなり価格競争に陥るので、戦略は絶えず革新的であることが必要です」
全米において数多の成功例を収めてきたエコノミック・ガーデニングだが、日本でも静かに浸透し始めている。

後編につづく。

亀井洋志=文 ネモト円筆=イラスト

この記事は 「Forbes JAPAN No.9 2015年4月号(2015/02/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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