超精密研磨の世界は「一点もの」の依頼が多く、多品種少量生産で市場規模が小さいため、後発企業の参入はほとんどなかった。ほかに任せられる会社がなければ案件はTDCに集中する。こうして同社は顧客を増やしながら技術に磨きをかけた。
唯一無二であり続ける理由は営業姿勢からもうかがえる。TDCは顧客からの相談を断らない。
「思いがけない依頼や、すぐには満足の行く結果が出せない依頼もきます。それでも背伸びをして『できます。なんとかします』と言うんです。最初から『できない』とは絶対に言いません」
過去には大学医学部の教授から「赤ちゃんを包んでいる羊膜をクール便で送るから、磨いて透明な薄い膜にしてほしい」という依頼がきたこともあった。羊膜は生体アレルギー反応が出ないため、角膜移植に使うのだという。柔らかい素材に苦戦したが、凍らせて磨くことで見事に透明にした。
注目すべきは、こうした研磨を担当する技術者の多くが、理系大学や工業専門学校の卒業生ではなく、地元の普通科高校卒であることだ。
「技術者に必要なのは、『これでダメなら次はこうしよう』という創意工夫や粘り強さです。毎回、楽しみながら考えて課題を克服しています。治具や装置もほとんどが自作です」
完全に丸い「真球」づくりやダイヤモンドの研磨など、10年以上、なかには採算を度外視して技術開発を継続している案件もある。
そんなTDCを赤羽は「あきらめない会社」「往生際が悪い会社」と表現する。言葉の裏には、東日本大震災を乗り越えた企業としての自負がある。
震災が起きた当時、同社は建物や装置が全滅した。余震が続くなか、何トンもの瓦礫を社員が手作業で片付けた。一時は売り上げもゼロだった。
「でも、幸いなことに社員は全員生きていました。みんな自分の家はぐちゃぐちゃだったけど、稼ぐためには会社が必要だという共通認識が生まれて、協力して必死に立て直してきたんです。みんなで会社や社会を支えるという文化ができました」
2011年5月、TDCには2人の新卒社員が入社している。震災で採用を取り消された若者が大量に発生したことを知り、先代社長が通常の4月入社に追加で採用することを決めたのだ。
その2人は、いまや会社の中心メンバーだという。ベテランから若手への技術伝承も進み、この10年で世界トップレベルの技術者は20人に増えた。2024年にJAXAが予定する火星衛星探査計画「MMX」プロジェクトへの参加も決まっている。
次はいったいどんなものを磨いて私たちを驚かせてくれるのだろう。
赤羽優子◎宮城県生まれ。大学卒業後、広告代理店勤務を経て2001年、父親の経営するティ・ディ・シーに入社し、ウェブマーケティングなどIT化を推進。06年に営業企画担当取締役、15年に社長就任。組織改革や働き方改革に力を注いでいる。