視認性の改善でメリットを受けるのは?
視認性の改善でメリットを受けるのは視聴者だけではない。選手のプレーの質向上も期待される。現役選手の中に色覚特性によるハンデと戦っている選手がいる可能性も高い。
CUDOでスポーツにおけるカラーユニバーサルデザインの問題に取り組む伊賀星史氏が、先述の欧州サッカーの事例に加え、かつてNFL(米ナショナル・フットボール・リーグ)で最長連続シーズンTDパス記録を樹立したビニー・テスタバーディ選手のエピソードを紹介してくれた。実は彼はデビュー当初、色覚特性の違いでパスミスを連発していた。しかしそのことを公表してからポテンシャルを開花させ、40歳を超えても現役で活躍した。このように色覚特性の違いを周囲も理解し対応することで、隠れた才能を伸ばせる可能性があるのだ。
また審判においても、選手の背番号や選手名の見間違いや見逃しを防ぎ、より公正で的確なジャッジを可能にするだけでなく、ゲーム中とっさに選手を呼び止める際に番号で呼ぶ代わりに瞬時に選手のネームを読み、名前を呼ぶことで双方にとって圧倒的にコミュニケーションが快適になるのだという。
実況・解説者やメディアも含め、あらゆるステークホルダーにおいて「見やすさ」の向上は、総合的なスポーツのコンテンツクオリティを向上させることに繋がるのは明白で、ファンの拡大にも貢献する。Jリーグも競技力向上、サッカー文化の醸成、発展のためにと考えたのだ。
SDGs達成にもつながる、スポーツによるソーシャルイノベーション
Jリーグの今回の取り組みは、国連が掲げるSDGs(持続可能な開発目標)の観点から見ても、非常に社会的意義のあるプロジェクトと言える。たとえばGOAL8「働きがいも経済成長も」、GOAL10「人や国の不平等をなくそう」、GOAL16「平和と公正をすべての人に」、GOAL17「パートナーシップで目標を達成しよう」といった目標達成に寄与するだろう。
スポーツリーグが「色覚特性」という課題へ取り組むことで、そもそも色覚に多様性が存在することを社会に広め、多くの人へ気づきを与えたはずだ。
(c) J.LEAGUE
昨今、共生社会やダイバーシティ&インクルージョン(D&I)といった言葉が盛んに聞かれるようになった。多様性を受容し、すべての人が障がいの有無やジェンダー、国籍、あらゆる特性やバックグラウンドを問わず参画し、楽しみを享受できる社会づくりの重要性が謳われている。様々なマイノリティを抱える人が、数の合理性を理由に世の中で置いていかれがちになるケースは少なくない。
目に見えるバリアフリー対応はだいぶ進んできた印象があるが、一方で耳が聞こえにくく音以外で情報保障を必要とする人や、文字の認識が難しい学習障害、外出時一般のトイレが使用できない内部障害を抱える人等、特に見た目で違いが分からない特性についてはまだまだ社会の理解とケアが十分とは言えない状況だ。
また、障害者だけではなく現在国内に288万人いると言われる在留外国人も、言語の問題や宗教の問題など、配慮が必要な対象だろう。
スポーツも例外ではない。こういった課題に積極的にアプローチすることで、スポーツを「する」「見る」「支える」、すべての裾野を広げることにもなり得るだろう。
Jリーグで今回の「J.LEAGUE KICK」を担当したクリエイティブオフィサーの橋場貴宏氏は「これまで300万人以上のポテンシャルを取りこぼしていたことに気付けたことは非常に有意義だった」と語る。社会のためにも、サッカー、スポーツ界の発展のためにも、より多くの人へ門戸を広げ、すべての人がスポーツにアクセスできるような取り組み、そして社会課題解決に繋がる取り組みを今後も期待したい。
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中澤薫◎ITベンチャーでのBtoB営業やPR等を経て、ニューヨーク大学大学院へフルブライト奨学生として国費留学(スポーツビジネス修士)。NYのスポーツマーケティングコンサルファームで経験を積み、帰国後はプロリーグや非営利団体等複数のスポーツ組織において主にマーケティング業に従事する傍ら、フリーライターとしても活動。