イーロン・マスクはなぜビリオネアなのか? この問いは、「どうやったら成功できるか」と同義である。
なぜなら、「Forbes JAPAN」7月号(5月25日発売)で紹介したピーター・ティールの言葉にあるように、マスクが設立にかかわったペイパルは「100社まわって」誰にも理解されなかった。テスラもしかり。ある日本人投資家は「私の仲間がスタンフォード大学構内で行われたテストカーの試乗会に行ったものの、『乗り心地は気持ちが悪くなるほどで、投資対象ではなかった』と言っていました」と回想する。
火星への人類移住をぶち上げたスペースXを2002年に設立したときは、誰もが「金持ちの道楽」と思ったはずだ。ところが、この4月、NASAは月面着陸機の開発企業にスペースXを選んだ。競合であるジェフ・ベゾスCEOのブルー・オリジンや防衛産業のダイネティクスではなく、マスクの会社だけが受注となったのだ。
多くの人に相手にされない構想がなぜ着実に駒を進めて、世界の投資が集まるのか。日本にも同じくらいの才能をもった人物はいるはず。その答えをForbes JAPAN編集部が確信したのは18年5月、オーストラリアのブリスベンでのことだった。
同地で開催されたスタートアップの祭典「Myriad(ミリアド)」には約3000人が集まっていた。サンフランシスコ発ブリスベン行きの航空機に起業家200人と投資家を搭乗させて、15時間のフライト中にピッチをさせるユニークなイベントである。だが、本誌の目的は、ブリスベン会場に招待された投資家スティーブ・ジャーベットソンの講演にあった。
ジャーベットソンは講演を終え、30分ほどして会場から人影が消えたことを確認すると控室からそっと出てきた。そこへステージ脇で待ち構えていた本誌編集部員が声をかけて名刺を出すと、表情に警戒が走った。その半年前、彼は女性への嫌がらせの疑惑をもたれて、投資会社ドレイパー・フィッシャー・ジャーベットソン(以下、DFJ)を辞任。「シリコンバレーで話を聞く価値がある男」として有名人の彼は、メディアを避けていたのだ。
「私たちが聞きたいのは、イーロンのことですよ」
そう挨拶すると、彼の表情と話す態度は、テスラ本社を取材したときに見たマスクと重なった。自信にあふれ、迫力を感じる姿勢に変わっていったのだった。
マスクの考え方のバックボーン
「私がお薦めする本はこれ。読んだほうがいい」。ジャーベットソンは一冊の本を薦めてくれた。量子計算で著名な物理学者デイヴィッド・ドイッチュの『無限の始まり ひとはなぜ限りない可能性をもつのか』(インターシフト刊)。暗に“この本を理解できないと話し相手にはならないよ”とほのめかしているようだが、内容は後述するジャーベットソンやマスクの考え方のバックボーンと言える思想書であった。マスクより4歳年上で自称「ギーク(おたく)」の彼こそ、冒頭の問いを解くキーパーソンである。