優秀なIT人材がシンガポールで就労するメリットはほかにもある。配当やキャピタルゲインが非課税で、所得税も最高税率22%と、報酬に対する課税が世界の先進国と比較しても非常に安いこと、グローバルなテック企業の拠点が集積し、スケールの大きなプロジェクトが多いことは魅力だろう。
さらに、「子どもの教育ですね」と田村氏は語る。
シンガポールのインターナショナルスクールのレベルと高さとオプションの多さは、スイスを超えると言われている。初等教育からタブレットやラップトップを配布、使用するなど、IT人材に育てるための教育制度が充実しているのも特徴だ。また、“多様性”が鍵を握ると言われているこれからの社会において、複数の民族や文化が入り混じり、「多様なのが当たり前」であるシンガポールで育つことは大きな強みになる。
田村耕太郎氏
一方で、他国から積極的に人材を受け入れることは、国民の雇用に少なからず影響を及ぼす。国民から反発などはないのだろうか。田村氏は以下のように説明する。
「与党が建国以来継続して議席を独占しているシンガポールでも、政治的意見を発信する機会は十分にあります。ですが、テック・パスに関する反発や反対意見が出たという話は、現状聞いたことがありません。これは、同政策が国民の仕事を奪うものではなく、雇用を増やすための取り組みであることを政府がしっかりと説明しているからでしょう」
現シンガポール首相であるリー・シェンロン氏は、数学に精通し、フェイスブックのマーク・ザッカーバーグCEOを驚かせたほどのコーディングスキルを持つ人物である。IT分野に詳しいリー氏が、デジタル化のメリットなどを丁寧に説明しながら国の方針を定めていったことも、国民から信頼や納得を得る要因になったと田村氏は話す。
コロナ禍でのデジタル活用が好例に
シンガポールには日本と同様、少子高齢化という問題がある。デジタル化の推進において高齢者からの理解を得ることは、同国でも課題のひとつだ。しかし、コロナ禍におけるデジタル活用がその課題解消の後押しになっている。
シンガポールでは昨年5月、コロナの感染拡大対策として、すべての事業者にSafeEntry(入退場記録システム)の導入が義務化された。これにより、感染者や濃厚接触者の特定が効率化され、感染抑制に成功。さらには、行動が可視化により万引きなどの軽犯罪が減り、治安の向上にも繋がっているのだという。