鷲尾:だからこそ、文化と経済を切り離さず、ともに学ぶことが非常に重要になってくるのですね。
平田:芸術文化観光専門職大学では、極めて実践的な学びの環境が生かせることもアドバンテージです。学生たちは、学内の劇場兼講堂やスタジオ施設だけでなく、豊岡市内および近隣圏の劇場、文化センター、城崎温泉の旅館、また2020年から本格スタートした「豊岡演劇祭」などを実習の機会にすることができます。こうした実践的カリキュラムは、授業全体の3分の1程度です。
「豊岡演劇祭」のナイトマーケットで(撮影協力:日高神鍋観光協会)
鷲尾:それまで豊岡市は着実に「文化・芸術を活かしたまちづくり」を進めてきたわけですが、その成果が新しい学びの環境として、その受け皿となるわけですね。暮らす、学ぶ、働く。それらが一体になっていくわけですね。
平田:例えば、豊岡の城崎温泉にある旅館は、みんな社宅を持っているんです。働き手のために住む場所も提供してきました。芸術文化観光専門職大学の学生たちは1年生の時はみんな寮なのですが、2年以降は、例えば旅館の社宅に入って、朝の忙しい時だけ旅館で働いて、その代わりに生活費を受け取ることができる。そんな奨学金の制度を旅館側が考えてくれようとしています。
海外の都市を見ても、これだけ小中学校の演劇教育、大学、演劇祭、地域社会が連携している事例は見たことがありません。ある意味、壮大な社会実験ではないかと思っていますね。
平均志願倍率は約7.8倍
鷲尾:今年入学した第1期生は、84人(男性15人、女性69人)ですね。女性が多いんですね。
平田:特徴的だったのはAO入試で応募がなかったのが4県だけだったこと。かなり全国まんべんなく受験希望者がいたことです。合格者も、北海道から沖縄までと幅広い地域からでした。推薦入試、AO入試、一般入試を合わせた平均志願倍率は、約7.8倍と非常に高い倍率となりました。
鷲尾:どのような印象でしたか?
兵庫県立芸術文化観光専門職大学の入学式で挨拶する平田オリザ学長(写真:豊岡市役所)
平田:例えば、これはある北海道の地方の町出身の入学生の話です。オーストラリアに1年間留学していたとき、「どうしてオーストリアの地方の町はこんなに豊かなのだろう。商店街もちゃんと生き残っているし、一人一人が生活をとても楽しんでいる」と感じて、とてもショックを受けたと言うんですね。そして「どうして自分の故郷はそうではないのか」と。それで、この大学でアートと観光を学んで、自分の故郷のために働きたいと思って受験をしたのだと。
昔だったら、高校生で留学体験があれば、「国際的に活躍したいです」と言う人が多かったと思いますが。今は全く中央志向はない。国際志向も昔とは違う。でも、決して内向きではないんです。受験生の多くがそういう18歳ばかりでした。
「どうしてうちの町ではこれができないのだろう。うちの町でもやれるんじゃないのか」それが彼ら18歳の普通の感覚なんだと感じました。ダメなのは大人たちなんだだと思うんです。だっていまだに東京、中央志向。地方に受け皿をつくってこなかったのですから。
鷲尾:都市計画も、経済政策も、教育政策も、これまでは均質化・規格化し、「使いやすくする」という発想で進められてきたのではないでしょうか。それだと風景も画一化する。同じような風景なのだったら、密度の高い東京に行くのが一番面白い。