プロユーザー層に照準を合わせた結果、フォロワー層の取り込みにも成功する例は、カルトブランドでしばしば見られる。高機能なミラーレス一眼レフカメラや、潜水にも耐えうる高級腕時計が該当する。高機能が本当に必要かはさておき、「プロの道具」にあこがれを抱くフォロワー層が生まれるのだ。
米澤CEはインタビュー中、繰り返し「ジムニーは顧客に育ててもらった」と口にした。米澤CEがかつてイタリアのディーラーを訪れた際、ブドウ畑の細い坂道でジムニーが使用されていると聞かされた。現地では、ディーラー主催で顧客を招いたイベントが開催されていることも、この時知った。
イベントの写真を見ると、会場中央には古い型のジムニーが展示されている。ジムニーが地域に根付いていること、そして顧客に愛されていることに、米澤CEは感謝の気持ちでいっぱいになったという。このことは、米澤CEが「ジムニーは顧客に育ててもらった」と思うに至った、原体験の一つとなっている。
ジムニーのキーワードは「愛」
カルトブランディングにおいて最も大切なのが、顧客のエンゲージメントを高めることと、ブランドの文化を守ることである。前者について、ジムニーが成功していることは理解できた。では、後者はどうか。
米澤CEは、新型ジムニーについて「機能性を追求した結果の(新しい)デザイン」と説明するが、伝統を継承することも忘れてはいない。丸型のヘッドランプや灯火類を囲ったグリルデザインなど、「ジムニーの普遍的な価値」を象徴する意匠を採用している。ラダーフレームや4WDなど、ジムニー伝統の車体構成も継承していることは言わずもがなである。つまり、ブランドの文化を守ることについても徹底しているわけだ。
ジムニーにはカルトブランディングのキーワードである「愛」も感じられる。米澤CEによると、サークルや同好会というわけではないが、社内にはジムニーユーザーが多く存在する。誰かが「今度ツーリングに行こう」と呼び掛けると、すぐに10~20台が集まるという。2~4代目(新型)まで所有車はばらけており、皆ジムニーを愛していることが共通項だ。
ブランド側がまずはプロダクトを愛する。この愛が、3層のターゲット層にも伝わっていることは言うまでもない。伝統を守り、進化を続けるジムニーは、これからも人々に愛されるであろう。
*本記事は、新著『カルトブランディング 顧客を熱狂させる技法』(祥伝社新書)から一部を抜粋。
田中森士◎株式会社クマベイス代表取締役CEO/B2Bコンテンツマーケティングコンサルタント/ライター。熊本市在住。熊本大学大学院で消費者行動を研究した後、熊本県立水俣高校で常勤講師として勤務。任期満了後、産経新聞社に入社。神戸総局、松山支局、大阪本社社会部を経て、2015年、コンテンツマーケティングの代理店・クマベイスを創業。主に中小のB2B企業を対象に、コンテンツマーケティングのコンサルティングや運用代行を行うほか、セミナーやワークショップ、講演活動にも積極的に取り組む。