多田氏は、「日本に行きたいというヨーロッパの皆さんのために何かできることはないか」と考え、「地元宮崎の良さを紹介し、実際にさまざまな体験をしてもらう」というアイデアに至った。
最初はフランス剣士たちを少しずつ受け入れていたが、評判が高まり、ある時、フランス剣道連盟からナショナルチームの剣士たち12〜13名ほどが宮崎を訪問した。多田氏の本業は防具屋稼業だ。仕事をしながらこれほどの人数を受け入れるには限界があり、地域の剣道道場に協力を依頼した。
「日本人の心や文化を理解してもらうためには、日本の先生と交流するのが一番です。フランス剣士の皆さんをいくつかの道場に割り振り、各道場の先生方や子供たちとも交流してもらいました」
海外剣士が地方の剣道道場を訪れることは珍しい。言語の壁もあり、地元には不安に思う人もいたが、日本語を少し話せる外国人剣士たちの特徴などを丁寧に伝え、理解していってもらったという。
「もともと武道家の皆様は奉仕の精神が強いので、最終的にはたくさん協力していただきました。つながりが広がって、現在では宮崎県や観光協会の方々、地元の旅行会社とも連携しています」
茶道、座禅、杖道…「道」のアクティビティから日本を知る
「フランスの剣道家への恩返し」という個人の想いから始まった武道ツーリズムだが、体験する海外剣士は、ヨーロッパだけではなくASEAN地域に拡大した。また、現在は観光庁の誘客多角化事業に採択され、刀匠の元での試し斬り体験、工房見学、杖道体験、座禅から茶道まで、さまざまなツアーを提供している。
例えば、茶道体験。筆者も体験し、「お茶をいただく際に避けるべき5つの話題」について教わった。人の悪口、宗教の話、政治の話、お金の話、嫁姑問題。これらをさければ気持ちよく会話が続く。また、人を招く際にどんな準備やおもてなしをすべきなのか、相手の心遣いをどのように受け止めるかなど日常生活でも生かせるような実践知があった。
剣道と茶道。同じ「道」がつくもの同士、通ずる部分も、異なる部分もある。ある剣士は「剣道でもそのような心遣いは大切だったはずなのに、戦うことばかりに集中していた自分を顧みた」そうだ。
また座禅では、調身、調息、調心について教えてもらえる。日常生活でも実践でき、忙しく心が乱れがちな時でも一歩立ち止まって自分自身と向き合うきっかけになるはずだ。