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給料とボーナスを注ぎ込んで、全国のベンチャー企業をつなげたサラリーマンがいる。
県境で区切られた自治体に風穴を開け、地方と起業で日本経済に地殻変動を起こす試みとは―。


年の瀬の夜明け前、地下鉄豊洲駅から地上に出てきたコート姿の男たちが、次々と近くのシネマ・コンプレックスに吸い込まれていく。朝6時すぎ、客席は最前席まで400席がすべて人で埋め尽くされ、無数の白いアップルマークが、マックブックから光を放っている。
「今朝ですか? 4時起きでした」
そう微笑むのはこのイベント「モーニングピッチ」の仕掛け人、トーマツベンチャーサポートの斎藤祐馬だ。週に1度、ベンチャー企業の起業家たちが、大企業や投資家に向けて事業プランを売り込む、いわば起業家の登竜門である。その年末特別版が、この日、豊洲のユナイテッド・シネマで開催されたのだ。

 2013年1月の開始以来、モーニングピッチには400社以上のベンチャー企業が登壇。出資や事業提携につながったケースは100件に上り、5社の上場企業が誕生している。支援を求める起業家たちにとっては、何度も何度も大手企業に説明に呼び出されることなく、大手企業の中で誰に話を通せばいいか、キーマンがわかる。これまでの徒労感がなくなり、事業のスピード化がはかれることになる。
トーマツベンチャーサポートは、10年、監査法人トーマツに入社して5年目だった斎藤が、20代で起こした社内ベンチャーである。彼らの仕事は、ベンチャー企業の販路拡大やPR支援、資金調達、人材確保、海外進出と、主に起業から株式公開準備までのステージにフォーカスし、問題解決に動く。だが、モーニングピッチは、斎藤たちが取り組む壮大な仕掛けの1つにすぎない。
「もともとは『47都道府県ベンチャーサミット』をやっていて、1年半かけてすべての都道府県を回ったら、各地の起業家や自治体の産業振興の担当者とつながりができたんです。各自治体からは政策立案の引き合いがたくさんくるようになりました」
斎藤は地方を行脚しながら気づいたことがあった。ベンチャー企業のプロジェクトや、自治体の起業家養成プログラムは、「それぞれが、すごく面白いことをやっている」にもかかわらず、全国的にはあまり知られていない。情報交換が行われていないため、どこの自治体で成功し、どういう学びがあるのか、共有することがない。つまり、「地方発の成功モデル」が横展開しないのだ。

地域の核となるベンチャーを育て、雇用を生み、そこからさらに独立する人が増える。成功に県境はない。これが全国に展開できれば、日本全体が活性化する。彼らが同時多発的に全国で横展開の仕組みを動かし、メガベンチャーが生まれ育つ仕組み、エコシステム(生態系)が構築できれば、日本経済に地殻変動が起きる。斎藤たちは、都道府県の政策担当者を1カ所に集め、「ベンチャー政策カンファレンス」を開催。また、トーマツの各自治体担当者が、役所に出向いて成功事例の紹介をする。画期的なのは、こうした「つながり」を構築することで、町同士が切磋琢磨して魅力的な町が増えること。そして、起業家は自分を支援してくれる「地方」を自由に選ぶことができる点だ。

東京への一極集中から、自分を支援してくれる最適の町へ。その好例を1つ紹介しよう。斎藤たちと岐阜県が協力する大垣市のインキュベーション施設「ソフトピアジャパン」だ。

この驚きを岐阜から世界に伝えたい

 岐阜県大垣市に世界的ヒットを生む施設がある。高度情報化社会の到来を見据えて県が整備したITベンチャー専門のインキュベーション施設、ソフトピアジャパンだ。これまでに、世界中でダウンロードされた拡張現実ソフト「セカイカメラ」や「Finger Piano Share」などの開発を支援。現在、149社のIT企業のもと、3,320人のIT技術者が働く、日本最大級の一大IT集積拠点となっている。
 岐阜県の情報産業課長補佐、松本隆則は言う。
「ITの世界、つまり知識集約型産業では、人材が何よりも大事。県が特に焦点を当てているのが、スマホアプリの開発者です。ここでは、廉価な家賃、無料の高速ネットに加え、自己負担金なしの補助金『事業委託制度(緊急雇用特別基金事業)』を用意するなど、魅力的なビジネス環境が整っています。今年4月からは、IAMAS(情報科学芸術大学院大学)も移転してきます。人材育成と起業促進、そして地域振興の流れが、できつつあります」

見る人を必ず驚かせる紙のレコードをご存じだろうか。タブレットの液晶パネルに、紙のレコードを置くだけで、音楽が流れ始める「PITシステム」は、ソフトピアに入居するGOCCOの木村亮介が開発した。夏の音楽フェス、フジロックを協賛する大塚製薬が、音楽系雑誌「Switch」(13年8月号)に掲載したポカリスエットのプロモーションに採用された。
仕組みはこうだ。読者はまず、雑誌の広告ページから丸いレコード型の紙カード「MUSIC PAPER」を取り外す。そして、特設のウェブページにiPadでアクセス。現れたターンテーブルにそれを載せると、フジロックに出演するアーティストの楽曲とミュージックビデオが自動的に再生される。

秘密は、タブレットのパネルに反応する「静電インク」だ。紙カードの裏面に「パターン」を印刷した。チップやアプリは使わないため低予算。デジタル(タブレット)とアナログ(紙媒体)を組み合わせた「驚き」の新感覚は、「レコード+プレイヤー+音楽」というわかりやすいデザインも手伝い、夏を前に、フェスを待つファンの間で大きな反響を呼んだ。

愛知教育大学でデザインを学んだ木村は卒業後、大日本印刷に就職。「仕事が面白かった。日々没頭し、印刷の世界にのめり込んだ」。だがある日、「世界を肌で知りたい」という衝動に駆られる。フジロックに年に1度行くほかは、徹底的に質素な生活を心がけ、彼女と3年で300万円を貯めた。結婚後、退職。1年半をかけて世界を一周するバックパッカーの旅に出た。
「自分の常識が5分ごとに壊されていきました」
インドのカルカッタに着くと、空港のバゲージクレームの「ターンテーブル」に、犬と猫が乗っていたのだ。その光景に木村は目を丸くし、こう思った。「この驚きを伝えられないか」

給料とボーナスを注ぎ込み、全国を組織化

「ここにいると、濾過された最先端の情報が効率的に手に入る」
 GOCCOの木村が指摘するソフトピアのメリットだ。起業前にIAMASで学んだ木村は、人脈を最大限に発揮して製品開発を進めた。
 岐阜県は、トーマツにソフトピアの支援事業を発注。その際、こう要請した。「岐阜から東京、そして世界に向けて挑戦するグローバルなベンチャーを創出してほしい」。トーマツの斎藤は言う。
「グローバル企業のトーマツだからこそできる支援策があり、ローカルで得た現場感がある。地方経済を活性化させる切り札です」
 20代の頃からこうした地方の支援を続けてきた斎藤には原体験がある。中学生のときに、両親が旅行代理店を起業したのだ。
「事業がうまくいっているときは旅行にも連れていってくれるが、駄目なときは財布が固く、記憶に残っているのは、すごく苦労する親の姿でした」
 そんな親の姿を見ながら、小学生のときから読みあさった『三国志』や『史記』に登場する参謀の重要性に気づいた。自分が参謀になるしかない、と。
 15歳のとき、将来は公認会計士になってベンチャー企業の参謀役になろうと決意。会計士は慶應義塾大学の経済学部出身が最も多いと知り、猛勉強を重ねたが、「会計士受験の予備校費までは、とても出せない」と親に言われ、高校から奨学金試験を受け、ダブルスクールの学費を捻出した。
 大学卒業後、23歳で公認会計士試験に合格し、監査法人トーマツに入社。会計士の仕事は、基本的には株式上場している大企業の決算を見ることであり、新興の企業でも上場2年前ぐらいまでが対象だ。斎藤は、自分が本当にやりたかった、一番困っている起業家のステージ、すなわち「儲かるまで」の支援が、まったくできないでいることに戸惑った。
 斎藤は自主的に平日の夜と土日を使ってベンチャー支援を始めた。「わらしべ長者方式」で投資家や起業家を1人、2人と紹介し合い、人脈を広げた。
「最初の4年間は毎日飲み会でした。経費はまったくないから全部自腹。これまでに1,000万円以上は使いました」
 海外事業を立ち上げるときも、シリコンバレーは有給を使って行った。サムライ・インキュベートを応援する際は、協賛金が必要となり、「ちょうど6月のボーナスの時期だったので、やると決めて、上司に、自分が自腹で払うか、それとも会社が払うか」と直談判。退路を断って交渉に挑む姿勢を貫いた。
 では、日本から新しい産業を生むためにどういう仕掛けが必要か。斎藤はこう言う。
「ベンチャーの支援はすごく大事だけど、同時に大企業の体質も変えないといけない。大企業がもっとベンチャーを買収するとか、ベンチャーの創業者や幹部が大企業に転職するとか、そういったケースが増えないと、ベンチャーはいつまでたってもニッチな存在であり続けてしまう。僕は、そこをなんとかやり遂げたいんです」
「出張モーニングピッチ」は、大企業の役員会に6社のベンチャー企業を連れていき、事業プランをプレゼンする出前ピッチだ。
「これが、すごく提携が決まるんです。やっぱり、役員にとって、部長クラスが持ってくるような案件は、怪しいと思うんですよね」
 今年から始めた「ハイヤーピッチ」は、出張で空港に向かう大企業の社長が乗るハイヤーに、ベンチャー企業の起業家が乗り合わせてプレゼンするもの。斎藤が海外視察を重ねて発案した。
「ベンチャーが地方を変えようとしています。これから面白くなりますよ。僕がその仕組みをつくり、参謀として、裏方として支援していきます」

北島英之=文 佐々木 康=写真

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