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フォーブス ジャパン ウェブ編集部 エディター

会場には「師匠」からの祝花も

新型コロナウイルス感染拡大のあおりで、多くの商業施設が大打撃を受けた。東京タワーもむろん、その例外ではない。そんななか、「タワーを応援したい」と動き出したプロジェクトがある。「『東京タワーで、あいましょう。』計画」(TTA計画)だ。

東京タワーはなぜ建設されたか


このプロジェクトの内容に触れる前に、少し東京タワーの歴史をさかのぼってみたい。

東京タワーがテレビやラジオの総合電波塔として落成されたのは、いまから63年前の1958年。敗戦から10数年、内藤多仲氏など鉄塔建設の専門家、および竹中工務店や日建設計などが参画してのプロジェクトだった。東京タワーの運営会社である「日本電波塔株式会社」は、産経新聞創業者 前田久吉氏によって設立された。前田は「大阪の新聞王」と呼ばれ、参議院議員も務めた人物だ。

ではそもそも「東京タワー」はなぜ建設されるに至ったのか、『Tokyo of TOKYO TOWER  東京タワーと東京の60年』(2020年12月、ギャンビット刊)をひもといてみた。

東京タワーが建設される以前は、各テレビ局ごとに独立した自前の電波塔を所有していたが、それぞれ高さはせいぜい150メートル、電波の送信範囲も半径70キロ程度だった。塔が設置された場所も各局バラバラで、視聴者はチャンネルが増えるたび、アンテナの位置を調整しなければならなかったという。

そこで当時の郵政省電波管理局が立ち上げた構想が電波塔の1本集中化、すなわち「総合電波塔建設」だった。そこには当然、「日本の経済復興の象徴」としての演出意図もあったであろう。展望台を設けたのはむろん、観光スポットも兼ねるように、という狙いだった。


『Tokyo of TOKYO TOWER  東京タワーと東京の60年』(ギャンビット刊)から。「189.7メートル付近の鉄骨建方中の状況。エレクターと呼ばれる重機で鉄骨建方を行っている。東京タワーの特殊な形状を実現するために、ジンポール、ガイデリック、エレクター、ケーブルクレーンと高さに応じ、主に4種類のクレーンや揚重機を用いて塔体の鉄骨建方を実施したという」

2018年には「株式会社東京タワー」、翌年には「株式会社TOKYO TOWER」に社名を変更。前田久吉氏の子息である伸社長のもと、テナントからの家賃収入や海外から押し寄せる旅行者からの観光収入をベースに、経営をはかってきた。

2013年には「登録有形文化財」に登録されるなど、戦後日本の復興と高度経済成長のシンボルとしての歴史価値も高める一方、新時代対応にも余念がなかった。たとえば2018年から2019年にかけては大展望台と特別展望台をメインデッキ、トップデッキにリニューアル。13言語対応の音声ガイド導入やメインデッキ窓のサイズアップといった施策もあり、よりグローバルな施設に生まれ変わった。

タワーはそんな地道な施策で、人知れず「衣替え」もしていたのだ。

文=石井節子

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