そこで、大学・学術機関が使いたいときには、研究の目的や内容を示したうえで、神戸市に利用を申請できるようにした。
利用申請があったときには、外部の有識者らで構成する倫理審査会が開かれ、その研究が市民の利益につながるのか、倫理的に問題ないのかが慎重に審査されることとなる。ここで認められた研究にだけデータが提供される仕組みだ。三木はその目指すところを次のように話す。
「このデータを見ると、クリニックにかかっている高齢者が、どのような診療や投薬のパターンになると、要介護になりやすいのかなどが判ってくる。すると、要介護者が増えそうな地域が予測できる。そこに保健師を重点配置して、見守りを強化していけば、要介護者を減らすことができる。我々の目的は、エビデンスに基づく政策立案、EBPM(Evidence-based Policy Making)を行うこと。長年の勘と経験でなく、客観的なデータで政策の効果を計ることを目指している」
コロナ禍で医療体制がひっ迫していたのかを検証
この仕組みを使ったはじめての研究が、九州大学大学院医学研究院の福田治久准教授から発表された。その研究とは、新型コロナ患者の受け入れによって医療提供体制が逼迫し、一部病院でICU(集中治療室)などの病床が満床になったが、神戸市という地域全体で見たときに、心臓発作や脳卒中のような緊急を要する患者を、適切に助けられていたかどうかを検証するものだ。
九州大学大学院医学研究院の福田治久准教授
昨年、緊急事態宣言が出されていた期間とそうでない期間の約60万人のレセプトから、救急搬送の代表ともいえる心筋梗塞と狭心症のカテーテル手術の件数を分析した。
その結果、緊急事態宣言下では、カテーテル手術全体でみると最大で半数にまで減少していたが、命にかかわる緊急の手術だけを取り出すと減少していないことが明らかになった。
研究結果をまとめた論文は、日本救急医学会が発行する「ACUTE MEDICINE & SURGERY」での掲載が決まっている。福田は今回のレセプトデータの効用をこう語る。
「もしレセプトが使えなければ、神戸市民がかかる可能性がある全ての病院とクリニックに聞き取りをしなければ同じ結果は得られなかった。1人の研究者がそんなことをするのは不可能に近い」
ワクチンの効果や副反応の早期検出にも
神戸市の三木は、自らが設計・構築した仕組みを「ヘルスケアデータ連携システム」と名付けた。
「研究者にとっては研究に不可欠なデータが入手でき、神戸市にとっては統計の専門家を雇うことなく市民の健康データが分析できる。一石二鳥になる」
三木はこのように胸を張るが、さらにコロナ禍における利用についてもアイデアがあるという。
「新型コロナウイルスのワクチン接種の効果の検証や副反応の早期検出にも役立てることができるのではないか。また、外出自粛のなかで、フレイル(転倒予防)体操を地域住民の働きかける啓発事業の効果など、これまで判りにくかった施策や事業の検証も可能となる」
研究だけではなく、実際の行政の現場でも、この「ビッグデータ」の活用をしていくことを三木は考えている。
連載:地方発イノベーションの秘訣
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