南北戦争後のアメリカからいまの分断を問う トム・ハンクス主演「この茫漠たる荒野で」

南部の人々にニュースを読み伝える元軍人のジェファソンをトム・ハンクス(写真左)、ネイティブアメリカンに育てられた少女ジョハンナをヘレナ・ゼンゲル(右)が演じる/Netflix映画『この茫漠たる荒野で』独占配信中

大統領選を契機に、アメリカ国内の「分断」はさらに表面化している。ジョー・バイデン新大統領が、就任式の演説で、ことさら「Unity(団結、結束)」という言葉を強調したのも、選挙後も続く根強い分断を意識してのものだった。

この現在の「分断」は、いまから約160年前に起きた南北戦争によくなぞらえられる。保護貿易や奴隷制度廃止などを訴える北軍と、自由貿易や奴隷制度維持を死守したい南軍の戦いは1861年から65年まで続き、アメリカでは、「The Civil War(内戦)」と呼ばれている。

トランプ支持者が連邦議会を占拠した先の事件について、一部では「内戦」と呼ぶ声もあった。現在のアメリカが、国家存立の危機となった南北戦争以来の深刻な社会の分断に直面していることは間違いない。

この「分断の時代」を意識してのことなのか、南北戦争後のアメリカを舞台にした作品が、ネットフリックスから配信された。トム・ハンクス主演、ポール・グリーングラス監督の「この茫漠たる荒野で」だ。

StoryがUnityに繋がる


「この茫漠たる荒野で」の舞台は、南北戦争終結から5年後のテキサス。南軍の大尉として戦った主人公ジェファソン・カイル・キッド(トム・ハンクス)は、いまはテキサス北部の町を渡り歩き、新聞を片手に世界や国内のニュースを、1人10セントの料金を取って読み伝える仕事をしていた。

null
Netflix映画『この茫漠たる荒野で』独占配信中

この主人公の設定が秀逸だ。ジェファソンは、国内外の興味深いニュースを伝えることで、戦争で打ちひしがれた南部の人々により広い視野を提供しようとしている。彼の仕事は、結果として、戦争で分断された南北の「Unity」を目指すものでもあるのだ。

次の町へと移動する途中で、ジェファソンは、何者かに襲撃され1人取り残された少女と出会う。彼女はネイティブアメリカンの衣装を身に纏っているが、顔立ちは白人。残された書類によって、6年前に先住民のカイオワ族に拉致され、その一員として育てられた10歳の少女ジョハンナ(ヘレナ・ゼンゲル)だとわかる。

ジェファソンは、そのまま彼女を連れて次の町に着き、然るべき役人に引き渡そうとするが、あいにく担当者は不在で、結局、自分自身でジョハンナをテキサス南部に住む彼女の親族まで送り届けることを決意する。

null
Netflix映画『この茫漠たる荒野で』独占配信中

ネイティブアメリカンの言葉しか話さないジョハンナと、少しずつ身振り手振りでコミュニケーションを取り、ジェファソンは、道中で彼女を狙う悪漢たちや行く手を遮る厳しい自然に立ち向かいながら、テキサスの荒野を北から南へ縦断していくのだった。

ジョハンナの存在もまた意味深い。ネイティブアメリカンに育てられた彼女は、最初はジェファソンに敵意を剥き出しにする。しかし、南部へと降る危険な道中で、少しずつ心を開いていく。彼女が機転を効かしてジェファソンを窮地から救う場面など、少しずつ2人の距離が縮まっていく描写が素晴らしい。

また劇中で、ジョハンナが、ネイティブアメリカンの言葉以外で最初に口にするのはジェファソンに教えられた「Story」という言葉だ。彼女はまずStoryというものを理解し、心を開いていく。そして、ジェファソンもまたニュースというStoryを語ることで、南部の人々の心を掴んでいく。StoryがUnityに繋がることを、この作品は物語っているのだ。
次ページ > ジャーナリスト出身の映画監督

文=稲垣伸寿

タグ:

ForbesBrandVoice

人気記事