南北戦争後のアメリカからいまの分断を問う トム・ハンクス主演「この茫漠たる荒野で」


ジャーナリスト出身の映画監督


邦題にはきわめて抒情的なタイトルがつけられており、これはこれで悪くはないが、原題は「News of the World」。ジェファソンの生業にフォーカスしたものとなっている。原作もまた同名のポーレット・ジルズのベストセラー小説で、脚本はこれを基に、監督のポール・グリーングラスとルーク・デイヴィスがまとめ上げている。

ポール・グリーングラス監督は、マット・デイモンが主演する「ボーン」シリーズの監督として知られるが(「ボーン・スプレマシー」「ボーン・アルティメイタム」「ジェイソン・ボーン」を監督)、もともとはイギリスでジャーナリストとしてキャリアをスタートさせている。

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監督のポール・グリーングラス(写真中央)/Netflix映画『この茫漠たる荒野で』独占配信中

映画監督としては、1972年に北アイルランドで起きた血の日曜日事件を描いた「ブラディ・サンデー」で、2002年のベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞。この作品が映画監督2作目だったが(脚本も担当)、ジャーナリスト出身らしく、手持ちカメラの映像を細かく繋ぐドキュメンタリー的手法で、メッセージ性の強い作品に仕上げている。

2004年にはハリウッドに進出、「ボーン・アイデンティティー」に続く、シリーズ2作目の監督に抜擢され、以後、前述のように「ボーン」シリーズの監督として知られるようになる。2006年の「ユナイテッド93」(監督、脚本、製作)では、アメリカ同時多発テロでハイジャックされた航空機内のスリリングなドラマを描き、評価を高めた。

また「この茫漠たる荒野で」と同じく、トム・ハンクス主演でつくられた「キャプテン・フィリップス」(2013年)でも、ソマリア沖で起きた海賊による米貨物船のシージャック事件を描き、ジャーナリスト出身の映画監督として社会派的な側面を見せている。

直近では、2011年にノルウェーのオスロとウトヤ島で起きた連続テロ事件を扱った「7月22日」(2018年)を監督。筆者としては、次回作を常に待ち焦がれている監督の1人だ。

前述のように、「この茫漠たる荒野で」では、ニュース(Story)を読み伝えることを仕事としている元軍人と、ネイティブアメリカンに育てられた10歳の少女との交流が描かれるが、その背景には南北戦争後のアメリカの分断が設定されている。

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Netflix映画『この茫漠たる荒野で』独占配信中

再びアメリカが分断の危機にさらされているときに、この作品を発表したポール・グリーングラス監督だが、そのジャーナリスティックな感覚には卓抜したものがあり、本編でも最後に、分断に対する彼なりの処方箋を提示しているようにも考えられる。

以前このコラムで、スパイク・リー監督の「ザ・ファイブ・ブラッズ」を取り上げたときにも触れたが、この時宜を得た作品を、その持てる機動力を発揮して配信したネットフリックスにも拍手を送りたい(アメリカでは事前に劇場公開も)。

もちろん、「この茫漠たる荒野で」は作品的にもクオリティが高く、アカデミー賞のノミネート作品としても取り沙汰されているが、南北戦争後のアメリカを通して、直面する分断について考えるには格好の作品となっていることは間違いない。

連載:シネマ未来鏡
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文=稲垣伸寿

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