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川村雄介の飛耳長目

時代の言葉は数限りなくある。生き残るものもあれば、歴史のかなたに痕跡すらとどめないものもある。「24時間働けますか」や「寿退社」は、いまや死語である。

言葉は世相を映すといわれるが、昨今の流行語の一部には、どうもピンとこない。どこか作為性やわざとらしさを漂わせているからだ。「働き方改革」や「女性活用」である。

まずは「働き方改革」。確かに、生活環境や技術進歩に伴うライフスタイルの変化が、働き方の改善を要請していること自体に異論はない。夫婦ともに仕事を持つのが当たり前の世の中で、保育を社会的に分担し、家族との時間を大切にする仕組みを整備することは大切だ。リモートワークが勤労者の負担を軽減し、業務遂行の効率化につながるのであれば、これも大いに結構だ。

気になるのは、改革の柱とされる「ワークアンドライフ・バランス」である。

過剰労働はやめて仕事と私生活のバランスを取ろう、という意味である限り、当然の事理だ。しかし、どうも最近の風潮は、仕事は好ましくないことで、プライベート時間こそ価値あるもの、ととらえているような印象が強い。

かつては、モーレツ社員に敬意が表されるほどに仕事優先社会だった。休みにも仕事を忘れないサラリーマンは偉い、といった感覚があった。江戸時代までさかのぼると、年間の休みはお盆とお正月くらい、奉公人にいたっては年二日程度しか休日がなかったそうである。生活上やむをえなかったにしても、日本人は勤労を美徳と考えていた。

他方、西洋人は、歴史的に仕事を懲罰と意識してきたようだ。パンドラの箱から出てきた災厄の一つが労働だった。アダムとイブが禁断のりんごを食べてしまった罰として、人間は勤労を強いられることになった。プロテスタンティズムはこれを修正したが、欧米人の人生観には、仕事=悪の感覚が通奏低音として流れているような気がする。

しかし、欧米人でも仕事を生きがいとする人々は少なくはない。半面、日本にも古来、遊民階級という表現がある。人によって仕事観や人生観が異なるのが当然で、何やら突然、独立宣言のようなノリで「仕事はいかん、休みなさい」などと叫ばれても、仕事人間には迷惑である。価値観の多様化が喧伝されているのに、一方的なライフスタイルを、国を挙げて強要するような風潮には違和感しか感じない。

怖いのは、「汝、臣民在宅せよ」とのご託宣を真に受けて生活する人々と、これこそ好機と猛烈に仕事に打ち込む人々との生活水準に、大きな格差が生じかねないことだ。ワークアンドライフ・バランスの響きに酔っているうちに、いつの間にか、ピープルズ・インバランスを生み出さないことを願う。

文=川村雄介

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