カメラを通して見えてきたことは? 映像ジャーナリスト伊藤詩織に「10の質問」

映像ジャーナリスト 伊藤詩織さん

映像ジャーナリストとして、国内外で作品を発表している伊藤詩織さん。イギリスを拠点にBBCやアルジャジーラなど海外メディアで映像ニュースやドキュメンタリーを発表してきたが、今年は約10年ぶりに日本にとどまり、ドキュメンタリーを制作している。

前編では、そんな彼女がジャーナリストになるまでの半生を辿ってきた。

普段、詩織さんはどんなことを意識しながら映像制作をしているのか。また、いま伝えたいことは何か。後編では、一問一答形式で、10の質問に対して率直に答えてもらったインタビューをお届けする。


──人の人生やストーリーを描く時、大切にしていることは?

カメラを向けるということは、自分の目線で捉えた相手の生活や世界になってしまう。できるだけその人と同じ目線でいたいとは思っている。

私は、取材相手との距離感は、気づくと近くなっている。一般の記者には、全く向いていないと思う。ドキュメンタリーの場合、相手との近さを生かせる時にうまくいく。

──取材相手の言葉の引き出し方で気をつけていることは?

自然にやっている。どんな言葉が出てくるかはわからないから。

──映像作品のネタはどのように決めているか。

すべて、出会いから。私の作品ではナレーションは使わないで、その人の言葉でつくる手法をとっている。だから、対象の人に出会ってから、作品づくりが始まる。

──日本のドキュメンタリーっぽくない雰囲気がある。レトロだったり、優しい感じがしたりする。映像表現で意識していることは?

問題だけでなく、その人の人生を伝えたい。できるだけ、想像力を持って観てもらえるように工夫するようにしている。題材が日本であっても海外であっても「なんかこの仕草、兄弟(姉妹)に似てるな」とか、自分の生活に反映しながら考えてもらえたらうれしい。

例えば、シエラレオネの女性器を切除する風習を追った私の作品『Complete Woman Episode』は、日本では馴染みのない題材かもしれない。だけど、日本にも女性だからこうあるべきという風潮もあり、共通する部分はある。そういうところを繋げられる橋になれたらいい。

──ドキュメンタリーを通じて、鑑賞者は追体験して考えていくと思う。それは取材する側も同じ。シエラレオネの取材を通じて、考えたことは?

「女性器を切除するなんて、やめた方がいいよ」と私たちは簡単に言える。でも、この2、3年間取材をして、やっとその儀式に同行できるようになった時のことが印象深い。その村にいたら、村の権力を持つトップの高齢女性の人たちの言うことを聞かなければならない。言うことを聞かなければ、村八分にされてしまう。つまり、その地では生きていけなくなるということ。

外から「やめた方がいい」と言うのは簡単だけど、やはり中に入って一緒に追体験することで、「なぜそうなってしまっているのか」という背景をすごく考えられる。そしてそれを日本に向けてどのように伝えられるか。そんなことを考えながら作品づくりを進めている。
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文=督あかり 写真=Christian Tartarello

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