「ウーブン・プラネット・ホールディングスは、いままでよりも、もっと大きな視点で『未来の幸せ』を考えていきます」と、新たな3社体制への移行に際し、章男は語っている。
トヨタがこれまで紡いできた「誰かのために」という思いを引き継ぎ、章男は新たなトヨタの未来を切り拓く覚悟だ。
「幸せの量産」章男が語る、トヨタの使命
経営者は、現在を「未来」から見ようとする。課題の根源的改革を図ろうとすれば、「未来」の視点を必要とするのは当然だろう。いわゆる、ビジョニングの力が必要とされる。
しかし、「未来」は誰にもわからない以上、決断にはリスクをともなう。不確実、不透明な時代だけに、余計にそうだ。トヨタだけでは、「未来」は築けない。事故ゼロや環境にやさしい持続可能なモビリティの実現は、みんなが「誰かのために」「未来をもっとよくしたい」という思いで取り組んでいかなければいけない、と章男はしばしば口にする。
では、「幸せ」についてはどうか。
章男はかねてから、トヨタの使命は、「幸せを量産」することと力説している。
「トヨタは1台の試作車をつくる会社ではなくて、いろいろな商品を量産する会社、その商品によって『幸せを届ける』こと、皆さんが笑顔になること、これはこれからの時代でも変えてはいけない、ぶれない軸として持っていてほしいビジョンです」
台数だけを追い求めた過去と決別し、「幸せを量産」できる会社に生まれ変わるべきだという彼の決意は固い。
豊田章男が究極のビジョンを掲げる、その理由とは。 (Getty Images)
トヨタの究極の目標は、「幸せの量産」だとするのだが、生産と消費は、「有形資産」と「無形資産」と同様、裏腹の関係にある。生産の時代すなわち工業社会は、モノの価値が尊ばれた。それに対し、今日の消費社会は、モノそのものではなく、モノの付加価値もっといえば、新しいサービスに人々は価値を求める。
つまり、モノに加えてコトを消費することで得られる感動が、人びとを「幸せ」にする。
「創始者の佐吉は織機を、創業者の喜一郎は自動車をつくったわけですが、本当につくりたかったものは、商品を使うお客さまの幸せであり、その仕事に関わるすべての人の幸せだったと思います。たとえ私たちがつくるものが変わったとしても、幸せを追求することは決して変わらないと思います」
章男が「幸せ」を口にすることに対して、違和感を持つ人は少なくない。「御曹司」、「おぼっちゃん」、「三代目」の発言だという批判さえ聞こえてくる。
「幸せ」のイメージは、人によってさまざまだ。多様で奥深い。逆に、じつに平凡な言葉ともいえる。
しかし、世界的企業のトップが、あえて人びとの「幸せ」を目標に掲げるところに意味がある。とりわけコロナ禍においては。「幸せ」は、喜び、感動、価値に因数分解できる。「幸せの量産」は、これまでにない「価値の量産」である。
トヨタは何を目指しているのか。何のために存在するのか。「幸せ」を軸に、章男は経営リーダーとして思索を続ける──。
トヨタが、コネクティッド、自動化、シェアリング、電動化といった技術革新を示す「CASE」や、MaaS(Mobility as a Service)の分野に投資するのも、「ウーブン・シティ」の開発を手掛けるのも、ウーブン・プラネットを設立したのも、すべてはトヨタが「幸せを量産する」会社に生まれ変わるためにほかならない。
「100年に一度」の大転換期、末来に向けてトヨタのフルモデルチェンジを図るために、章男は全力をあげている。
*特別連載「深層・豊田章男」、次回は12月12日にお届けします。