──このアプローチは対個人でも同様でしょうか?
尾林:そうですね。診療の場合は、生い立ちや兄弟構成、小さい頃の様子などの話がその人の価値観や考え方のルーツを解いていくきっかけになります。
僕は、先ほど言った上昇曲線の中で、徐々に“手引き”から“本人が考える”ように役割をゆずっていくんです。四方八方真っ暗のときにはロードマップを描いて方向性を示して、手を繋いでいくわけですが、なんとなくトンネルの明かりが見えてきて、頭も少し働くようになったときに、視点を変えるような問いかけをして、生活史の中で揺さぶりをかけていきます。
原田:生活史っていい表現ですね。人生って言っちゃうといろんなニュアンスを含むけれど、生活史っていうと具体的に見えてくる。これは、企業やブランドにも共通するものだと思います。
尾林:ヒントはやっぱりその人の生き様にあるんです。生きてきた環境とか家族とか友達とか、そういう近いところに。その中で無意識に身についてきた癖みたいなものを一回見返してもらって、例えばずっとロン毛だったけど、切ってみたらどうなるんだろうとか(笑)、できるところから変化を与えていきます。
──対企業でも、対個人でも、先を見据えていくにあたってはやはりヒアリングから始まるんですね。
原田:ビジョンというと未来のことばかりに目が行きがちだけど、必ず過去から考えないといけない。過去・現在・未来はつながっていて、そこに生活史があり、その3点を繋ぐ線がうまく描けないとすっきりしない。
行き詰まっているときは、創業者の言葉とか、会社の生い立ちにまず立ち戻る。そのうえで、デジタル化や環境破壊などの世の中の変化、つまり創業時とは違うことに向き合って、創業時にやりたかったことを今やっていくには……という考え方をします。
尾林:一個人においても、過去から貫かれている現在があってその先、という流れです。孫正義やビル・ゲイツの名言がいくら素晴らしくても、その線に乗ってこないのであれば、あまり意味がないかもしれません。
それこそ、何度も商売を繰り返す人生を送っている実業家であれば、名経営者の言葉も腑に落ちるかもしれないですが、何でもかんでも経営者の言葉を身近に置くというのは違うのかなと思います。
原田:僕も、チームメンバーや部下のキャリアの相談にのるときは、その人のこれまでの仕事、好きなことや得意なことなど、そういう生活史のヒアリングをします。大事にしているのは、僕から「こういう方向がいいよ」と発信するのでなくて、聞くことなのかなと。
今はすぐに発信できて、すぐに届く。だからみんな発信にばかり気が向きがちだけど、もうちょっと聞くことに注意を向ける必要がある。発信スキルよりも受信スキルの方がはるかに大事だと思いますね。