驚きは、単にその事件に題材を採っていたからではない。事件のディテールを克明に作品の中に取り入れながらも、まったく思いもかけない新たな物語を紡ぎ出していたからだ。
映画にしろ、小説にしろ、「ミステリー」と名付けられた作品には、実際の犯罪を基にしてつくられたものが少なくない。観ている、あるいは読んでいる人間にとっては、「事実に基づく作品(Based on a true story)」であることで、迫真性が増し、より描かれた世界に没入できる。
それを意識して作品も構想されるわけだが、取り上げられる犯罪が「未解決」の事件であれば、事実の上に無限の想像力が張りめぐらされることとなり、観客や読者をさらにフィクションの高みへと押し上げ、とんでもない傑作が生まれることがある。
「罪の声」もそんな傑作ミステリーのひとつだった。作品のベースとなった事件が未解決であるがゆえに、著者の想像力の翼が思いもかけない方向へと広がった結果だと言ってもいい。ちなみにこの小説は、2016年度の週刊文春ミステリーベスト10では国内部門の第1位にも輝いている。
小栗旬と星野源の絶妙なコントラスト
映画「罪の声」は、その傑作ミステリーの映像化である。小説の構造が、昭和の未解決事件の「謎解き」にもなっているため、とにかく作中では登場人物たちの会話が頻繁に登場するし、情報量も途方もなく多い。そのため、ともすれば映像では重要な要素となる登場人物たちのアクション(動き)は少なくなる。その点が、当初から映像化は困難な作業になるのではと考えられていた。
今回の映像化では、原作小説の展開を忠実に追いながらも、個々のエピソードにはメリハリをつけ、独自のシーンも織り込み、2時間22分のやや長尺の上映時間ではあるが、実に明快でテンポよい作品となっている。原作とほぼ重なる物語は、次のようなものだ。
京都でテーラーを営む曽根俊也(星野源)は、ある日、亡き父の遺品から英語でびっしりと記された手帳と1本の録音テープを発見する。およそ英語とは縁のなかった父だったので、不審に思い、一緒にあったテープを聴くと、それは記憶にはないが、子どもの頃に自分の声で吹き込まれたものだった。
(c)2020 映画「罪の声」製作委員会
しかも曽根は、その内容が、かつて世間を騒がせた未解決事件の脅迫電話で使われたものだと気づく。市井の人間として平穏な人生を送っていたはずの自分が、知らず知らずのうちに重大な事件に関わっていたのかと知り、曽根は愕然とする。
一方、関西の新聞社の文化部に勤める阿久津英士(小栗旬)は、突然、社会部の人間から呼び出され、その英語の能力が見込まれ、昭和の未解決事件の特集班に編入させられる。阿久津に与えられたミッションは、イギリスに飛び、かつて社会を震撼させた食品会社への脅迫事件の手がかりを探すというものだった。
(c)2020 映画「罪の声」製作委員会