産業動物獣医師への就業率は約10%
獣医大学の教育カリキュラムも、ペットの獣医療を志望する学生が増え、そのニーズを反映して愛玩動物中心のものへと変化してきた。大学の立地環境も、必ずしも牛、馬、豚など家畜に親しめる環境とは言えず、生産現場からも遠い場合が多い。重ねて、産業動物を扱う教員の数も減少傾向にあるという。
ペットの獣医師となることを志す学生に至っては、産業動物や公衆衛生に携わり、公益に資するという動機付けに乏しいまま、大学を卒業していく。
一方で国は、国際競争力を高める一手として、霜降り「和牛」のブランディングを掲げ、インバウンドによる消費の増加など、畜産部門に期待をかけている。さらに、新型コロナウイルス感染症やSARSなど、新興感染症が次々に発生する昨今、家畜に対する感染症対策、衛生管理も年々重要性を増し、流通のグローバル化がそれに拍車をかけている。
つまり、産業動物獣医師や公務員獣医師の人材は不足しているが、ニーズは高まる一方なのだ。
これらの獣医師の確保には、学生への動機付けが必要であるとともに、就業面における、国によるサポートの強化や、待遇の改善が必要とされているのが実状だ。
農場への往診を基本とする産業動物獣医師の業務は、管轄内の農場を1日当たり300km移動する場合もあるという。診療以外の相談対応や衛生指導は無償で行われることもあり、コストに見合う業務とは言い難い。それでもなお、公益に資する業務として、機能を失うわけにはいかない。
現在、獣医学専攻を設置する大学は、国公立大11校、私立大6校と少ない。国家試験に合格し、新たに獣医師となる数は、毎年約1000人であり(獣医学専攻は6年制、2018年に開学した岡山理科大学の一期生は受験年限に達していない)、その半数近くが愛玩動物の獣医師となり、産業動物獣医師への就業率は約10%、公務員獣医師は国家公務員も併せて15%前後の推移となっている。
不足分野への人材確保には、学生の絶対数を増やすだけでなく、大学教育の再整備や、現場環境の最適化など、抜本的な解決の取り組みなども必要とされている。
生活に直結するはずの「産業動物」という「生きた」存在は、消費者に顧みられることが少なく、それは同時に、そこに携わる人の存在への無関心にもつながっているように思われる。「獣医師の不足」は確かに課題として存在する。時局の行方とともに、これらの動向にも注意を傾けてもらえたらと思う。
自治体に所属する公務員獣医師は、配属部局によって、保健所や動物愛護センターへ配属されることもあり、ペットであるイヌ、ネコを対象とした公衆衛生業務も分担している。
狂犬病予防対策、地域住民からの相談や苦情の対応など、これもまた、ペットブームの陰に隠れたさまざまな課題と対峙する職務でもある。これらの職務についても、また機会をあらためて述べたい。
連載:獣医師が考える「人間と動物のつながり」
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