そんななかで、今回特徴的だったのは、九州各地のホテルに避難者が殺到し、軒並み満室となったこと。これまでも台風でホテルに避難する人々はいたものの、今年は新型コロナウイルス感染防止の観点から体育館などの避難所が避けられたことと、古い木造家屋を倒壊させるほどの暴風に強い警戒感が広がったためとされる。
そもそも日本における避難所は、いかにも間に合わせ感が否めず、プライバシーの確保もできない。一方聞くところによれば、イタリアでは、国が避難所の設営を主導しており、一世帯に約10畳のエアコン付きのテントが支給されるほか、ホテルでの避難も公費で賄われるという。
単に命が守られればいいという考え方ではなく、それぞれに異なる個々の「生」を尊重する思想が、日本にも根付いてほしいものだ。
さて、今回取り上げる『海街diary』(是枝裕和監督、2015)は、マンガ大賞2013を受賞した吉田秋生の同名作品を監督自身が脚本化。中心に据えられている「家族」に加えて、「死」という重いテーマを内包した作品である。
鎌倉の古い家に住む香田姉妹。看護師の長女・幸(綾瀬はるか)は生真面目なしっかり者、信用金庫に勤める次女・佳乃(長澤まさみ)は奔放なタイプ。何かと口喧嘩をしがちなこの2人の緩衝材になっているのが、スポーツ用品店で働く天然キャラの三女・千佳(夏帆)だ。
父親は姉妹たちが幼い頃に家を出て不倫相手と結婚しており、離婚した母も早くに家を離れたため、姉妹は母方の祖母に育てられたが、その祖母もすでに故人となっている。
子連れで再々婚し山形で死去した父の葬儀に出た幸らが、父が最初の不倫相手との間に作った娘・すず(広瀬すず)と出会い、彼女の孤独な境遇に同情して鎌倉の家に引き取るまでがプロローグだ。
親と縁の薄い3人の姉妹が、腹違いの妹を受け入れ自分たちの家族のかたちをつくっていくなかで、それぞれの恋愛や別れ、成長が描かれる。
全体としてはまさに「ダイアリー」のように比較的淡々と進んでいくこのドラマで、まず魅力的なのは、マンガの方でも詳細に描かれた生活のディティールだ。
柴垣といく種類もの庭木に囲まれた、瓦葺きの昔ながらの二階家。木枠にはまった模様入り板ガラスに砂壁、古い茶箪笥にちゃぶ台、カマドウマの出没するモザイクタイルの風呂場。小津映画に登場しそうな懐かしい昭和の香りがあちこちの細部に漂っている。
蕎麦つゆの出汁を取り天ぷらを揚げて広縁で食べる休日の昼食、総出で賑やかに取り掛かる障子貼り、毎年夏の初めに庭の梅の木から実を採取して仕込む梅酒、夜の庭での花火──。
この家で祖母から幸たちが教えられずっと守ってきたのであろう、こうした生活習慣や季節の行事と、それぞれの現代生活とが無理なく融合している感じも好もしい。
生きることとは、こんなふうに食べて喋って出かけてお風呂に入り片付けて寝るという日々の生活をそれなりにやっていくことなのだという、考えてみれば当たり前の事実が丁寧な描写で積み上げられている。