経済・社会

2020.08.03 17:00

日本版「オードリー・タン」は生まれるか 新型コロナ対策、神奈川の秘話


畑中はさらに大きな視野でこの問題と向き合った。神奈川県だけでは済まない問題なのではないか。感染症との戦いは、広域、すなわち国全体の問題だ。ダイアモンド・プリンセス号で現地対策本部で指揮を執り終わったばかりの橋本岳厚生労働副大臣のもとへ急いで会いに行った。


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「この国の医療はここから破綻します」

データは地獄のような状況がすでに始まっていたことを伝えた。3月上旬の時点ですでに約15%の病院が外来・新規入院・救急などの一部機能を停止していた。物資が足りない病院では医療職を守る防護服が不足し、医療職だけではなく病院事務スタッフらの不安を増幅させた。

コロナ患者を収容している病院では、次第に病院に出入りしている業者の中には、訪問を拒否する業者も出てきていた。毎日大量に交換されるベッドシーツを回収するリネン業者やエレベーターのメンテナンス業者など普段当たり前に仕事をしに来る人たちが来ない。家族や自分への感染の心配や、いわれない風評被害などから、医療職含めて病院スタッフの心もどんどん弱まり、戦力が削がれていた。その頃には全国一斉休校が始まり、出勤できない看護師たちもいた。限られた人員の中でシフトを組むことさえ、苦労した。モノと人が足らなくなる「医療崩壊」の現実がすぐそこまできていた。

「日本の医療は『選択と集中』 をせざるを得ません」。大量のデータと緻密に書かれた新たな医療体制のプランに副大臣はこう答えた。

「ダイアモンド・プリンセス号では、患者を入院させられない、まさに小さな医療崩壊が起こっていました。日本も、このままいけば医療崩壊が起こります。このプランをバックアップします」

政府への説明を済ませた次の日に向かったのは、日本医師会会長(当時)の横倉義武のもとだった。

国が賛成しても、現場の医療機関と医療者が反対すればこの計画は全く機能しなくなる。政府と医療現場、2軸の賛成が必要だった。橋本副大臣とともに訪れた畑中に対し、横倉は「神奈川の俯瞰するシステムは日本全国で採用するべきだ。そしてよくここまで解像度の高い計画を作ってくれた」と支持をすることを伝えた。医師会は畑中のアイデアに賛成だった。

Forth Dot:阿南医師と黒岩知事、そして神奈川モデル


3月19日神奈川県庁で感染対策協議会という有識者会議が開かれた。そこで畑中の案が通らなければ実際に動くことはできない。約20人程度の専門家が出席するその会議にはダイヤモンド・プリンセス号で700人の患者の対応をしたDMAT(災害派遣医療チーム)調整本部長の阿南英明医師の姿もあった。

もともと畑中は阿南に選択と集中型の医療体制を作るのにDMATを動かせるように頼むつもりだったという。畑中の案に対して、現場で数多くの新型コロナウイルス感染者の対応をしてきた阿南はのちに神奈川モデルの骨格となる重大なポイントを指摘する。

重症患者を受け入れる特定の病院はもちろん必要だ。しかし、患者の多くは無症状か軽症、そして酸素吸入が必要な程度の中等症にとどまっていた。PCR検査で引っかかってもほとんどの人が酸素を吸入すれば大事には至らなかった。彼らの搬送先が足りないことの方が問題だと指摘したのだ。

「もう国とも医師会とも握った医療モデルなのですけど...」。言葉が喉からでかかった。現場に立っていなかった畑中は指摘された事実を阿南から聞いて初めて知った。中等症という概念も初めて聞いたのだった。しかし、それが医学的に合理的ならば、取り込まなくてはいけない。

そこで、選択と集中のハイブリッド型にして病院を分類することに決めた。データをもとに大方針は決まっていたが、現場で働く医療者と意見交換することで、このモデルはより一層実践的なものへと変化したのだ。


最終的にハイブリッド型になった「神奈川モデル」(神奈川県ホームページより)
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文=井土亜梨沙、写真=曽川拓哉

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