このモデルにさらにアイデアを加えたのが神奈川県知事の黒岩祐治だった。
「病状が回復してきた人たちをそのまま家に返せるのだろうか」
入院療養し症状が回復してきて、PCR検査で陰性になっていたとしても、100%他の人にうつさないとは限らない。帰宅できても、高齢者や障害を持った同居人がいてなかなか帰りづらい人もいる。そんな不安を抱える人たちのためにホテルを用意するべきではないか、と知事は話した。県民起点で考えれば、その通りだった。
そこで、重症患者、中等症患者、そして軽症者・無症状者などのホテル宿泊者の3つに分けることで「神奈川モデル」は今の形となる。これを「神奈川モデル」と呼ぼう、と合意した。
Fifth Dot:危機管理
2月25日から始まって短期間で作り上げられた「神奈川モデル」。政府は新型コロナウイルス感染症に伴う追加経済対策を盛り込んだ2020年度第2次補正予算案を5月27日に閣議決定し、そこにコロナ患者を受入れる重点医療機関への支援策を盛り込んだ。緊急事態宣言解除後も機能するように政府は神奈川モデルを参考に動き始めた。
「危機管理において、『変化を捉える道具を持つこと』は非常に重要です。変化を見つけたら、それをどうするべきなのか考え、対策を打つ。その対策が活きたかどうか、変化を見る。その繰り返しです」
「そして、危機を回避するためには、大規模で、誰も想像していない驚くような方法を、正しい順番で手を打つことが求められます」。畑中はこの短期間を振り返った。
例えば検査ばかりに気を取られれば、陽性患者がたくさん発生し、病院は埋まってしまう。対策を打つ順番は命取りになる。誰もが驚く方法でやる理由は多くの人に「危機だ」と認識させる必要があるからだ。一旦スイッチが入れば、一斉に動けるようになる。しかし、段階的に手を打てばスタートラインがバラバラになり、統率がとれなくなる。
「コトブキでは常に危機管理を担当していました。震災や大雪のときに物流や製造などサプライチェーンが逼迫したり、製造物である遊具で子供が大怪我をしたり、会社が傾くような大きな危機を何度も差配してきました。それでも現場に駆けつけて、問題と向き合いました。何が起こっているのか、なぜそれが起こったのか、なぜその不具合が起こる仕組みが生まれたのか、組織に問題はなかったのか、と問題は掘れば掘るほどそこには組織が変わる大きなチャンスが眠っています。危機はチャンス。『逃げないで背負う』ほうが良いことはたくさんある。私はそれを知っています」
写真=曽川拓哉
彼の肩書きは厚生労働省 健康局参与 兼 新型コロナウイルス感染症対策推進本部CIO補佐に変わった。コロナ対策の情報戦略・システム全般について、CIOである橋本岳副大臣の補佐する。28歳でアップルジャパンに入社しiPhoneの立ち上げを担った後、彼のキャリアは転々とした。モバイルの時代を見据えて地方のITベンチャーでモバイルセキュリティの事業を興した(同社はその後上場)かと思うと、医療と金融をつなぐ財団『あなたの医療』を創設。その後、神奈川県庁で顧問になった後に、新型コロナ感染のパンデミックに遭遇した。
アップル時代にiPhoneで世界が様変わりする体験をしてから12年。神奈川モデルで次は国から変えることができるのか。「今後のキャリアの展望は?」と聞くと、畑中はこう答えた。「ノープラン」と。