IT化が進まない地方行政 民間出身の「伝道師」が示した解決の道筋

神戸市でイノベーション専門官として勤務した吉永隆之

全国の自治体で、ITやデザイン分野で実績と能力のある民間企業からの人材登用が進んでいる。自治体側のメリットは理解できるが、転職した人たちは、いったい何を得ているのであろうか。

任期付き職員として4年間、神戸市役所で働いた吉永隆之は、今年3月末に退職した。慶應義塾大学を卒業したあと、NTTコムウェアやアクセンチュアというITの世界で勤務。その後、復興庁の職員として福島県浪江町で働いていたときに、神戸市から「ぜひうちに来てほしい」と声が掛かった。

そんな彼が、神戸市役所での仕事で何を得たのか、退職後に何を始めようとしているのか、彼の話を聞いた。

書類と電話で格闘する職員たちを変えたい


神戸市役所で吉永が任せられたのは、スタートアップ起業家の育成だ。いまや神戸市をこの分野で全国区にした「立役者」の1人にもなった。ところが、自らの勤務時間のうち2割は、本来の業務とは関係のない仕事をしていたというのだ。

その関係のない仕事とは、若手職員へのITリテラシーを高める研修だ。スタートアップとアプリやシステムを共同開発をすることで注目を集める神戸市だが、このプロジェクトに参加している職員は、ごく一部に過ぎない。他の職員は、いまだに大量の書類と電話を使って仕事をしていた。吉永は、これらの大多数の職員も変わらねばならないと考えたのだ。

吉永がまず驚いたのは、研修という形で新しいITツールを職員に教えると、嬉々として彼らがアプリをつくり始めたことだった。住民票の交付申請をスマホで行うプロトタイプもつくってしまう。若い職員のなかに、最新の技術を取り入れる素地は十二分にあることを発見したという。

ではなぜ、現実の仕事でそれができないのか。それは、職員の普段の仕事がインターネットから切り離されていることにあった。2015年の日本年金機構の大量の情報漏洩で、総務省は「LGWAN」と呼ばれる自治体同士がつながるネットワークをインターネットから切り離した。情報漏洩を避けるための処置である。

自治体の職員は、LGWANにつながったパソコンで業務をするので、インターネットを使って仕事をすることがほとんどない。当然、仕事自体が非効率になる。なにより最大の問題は、職員がクラウドサービスやSNSといった新しいツールから遠ざかるので、新しいIT技術を使おうという発想を失ってしまうことだった。これこそ、行政手続がインターネットでできるようにならない大きな理由でもあった。

しかし、暗闇にも光明は見えてきた。今年5月に総務省がLGWANとインターネットを分離する考え方を見直したのだ。これからは自治体職員がインターネット上で仕事をすることが認められ、うまくいけば、封印されていた職員のチャレンジ精神に火がつくはずだ。
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文=多名部重則

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