自治体を変革する伝道師になる
もう1つ吉永が学んだことがある。それは、神戸市での仕事を通じて企業のトップやキーパーソンと直接会って話をすることができ、それによって「街の解像度」が格段にあがったことだという。
民間企業で働いていたときも、営業と開発の「はざま」にいたので、営業一辺倒の同僚と比べれば世の中がわかっていると感じていたが、いまでは当時と段違いに世の中が見える。「民間企業では、おそらく経営層に上り詰めない限り見えない景色が、当たり前になった」と吉永は言う。
なぜ、こんなに自由に働けたのか。それは、はっきり言うと、上司に恵まれたからだ。吉永は、医療・新産業本部に所属した。ここでは、医療産業都市やスタートアップ支援といった、役所らしからぬ最先端のプロジェクトばかりを進めている。これを束ねていたのが今西正男だ(奇しくも3月31日、定年となった今西は、吉永とともに神戸市役所を退職した)。
吉永は今月副市長に就任した今西正男(真ん中右)とともに神戸市を退職
吉永は、今西がいなければ、神戸市のスタートアップ施策はこれほど進まなかったと話す。
「組織はフラットに」と、今西はいつも口にしていた。そして、新規採用されたばかりの職員にさえ、わけ隔てなく語りかけていた。旧態依然とした大きな組織であっても、思ったことが言える「風通しの良い職場」をつくれば、新しいことに挑戦できると考えていたのだ。
そんな今西が、7月13日、神戸市の副市長に就任した。「ちょっとした空き時間に、今西さんはフラーっと僕らの横に座って雑談するんですよ」と、吉永は当時を嬉しそうに振り返った。
一方の吉永は、自治体を変革する「伝道師」になろうと、来月、自ら一般社団法人を設立する予定だ。神戸市が始めたスタートアップ企業と自治体職員がコラボして市役所の仕事を変えていく取り組みを、全国に広めるのが狙いだ。すでに名古屋市、仙台市、姫路市、豊橋市、春日井市など、10に近い自治体から手伝ってほしいと声がかかっているという。
東日本大震災のあと、福島県で復興支援にあたってから、吉永はあくまで自治体にこだわり続けている。
「コロナ禍もそうだが、危機が起きると行政には負荷がかかる。自治体が頑張れば、国民全体が助かるのに、現実には動ける職員が少ない。しかし、少しのきっかけで職員は変わる」
吉永の「伝道師」としての活躍はこれからも続く。
連載:地方発イノベーションの秘訣
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