せめて月に一度くらい、可能なら二度でも三度でも、誰にも邪魔されず、両手を伸ばして深呼吸をするために滞在するのはどうだろう。
東京のホテルは、時に伝統文化や江戸の粋が活かされ、また時には、都会らしい最新鋭設備を纏うなど、それぞれが個性的に進化を遂げている。ゆったりと異空間に身を委ね、すべてを忘れて過ごす癒やしの時間。まずは週末、金曜日の夜にチェックインして、日曜の午後まで、別宅で過ごすように、自分独りで夢想に浸るのも今どきの流儀であろう。
ホテルジャーナリスト せきねきょうこ
都心の日本旅館「星のや東京」で過ごす週末にマイクロツーリズムの始まりを予感
東京の中心地であり、ビジネスの重要な起点となる大手町に、天然温泉が湧き出る日本旅館「星のや東京」がある。もし、開業以来、注目を浴びてきた旅館を知らないならば、なんともったいない話。旅行者はもちろんだが、多忙な都会人が“隠れる”には最高の宿をご紹介しよう。
開業は2016年7月20日。都心のビル街にあることから、リゾート地の高級旅館のように“平屋の数寄屋造り”とはいかず、それを逆手に上空へと伸びた旅館は地上17階、地下2階建てだ。
「塔の日本旅館」をコンセプトに掲げたホテルの外観は、注視すれば、江戸小紋「麻の葉崩し」のモチーフを連ねた絵柄の鉄製のアートカバーにすっぽりと包まれている。この美しいビルの外観は、無機質なコンクリートのビルの立ち並ぶ中で、「オフィス街の中にそっと置かれた繊細な重箱のように」(東環境建築事務所)というとおり、美しさが際立っている。夜間は尚更に、ホテル内からのライティングにより、「麻の葉崩し」の文様が浮かび上がる。
塔の日本旅館「星のや東京」の夜景。際立つライティングに高級感が。
モダンな建物の玄関を飾るのは、武家屋敷のような分厚い木製ドアで、なんと樹齢300年以上の無垢の木「青森ヒバ」という。重厚なこの木戸が開き玄関に入ると、日本人には懐かしい、外国人客にはイメージ通りであろうイグサの香りに包まれる。
上がり場で脱いだ靴を預け、畳の床にあがった途端、今度は、優しい白檀の香に包まれる。廊下、エレベータ内まで、ほとんどの場所はスリッパを使わない畳敷きであり、館内を素足で歩く心地よさに改めて気づかされる。ロビーは2階、エレベータの乗り降りの際には“カチカチッ”と拍子木の合図音が聞こえてくる。2階に着くと、目の前には流線型の弁柄色の漆塗でできたフロントカウンターが据えられ、フロントバックを飾るのは手漉きの和紙である。まさに玄関から始まる“That’s NIPPON”の新旧ストーリーが迫ってくる。
玄関ドアを入り脱いだ靴を預け、白檀香る空間を素足で歩く日常へ。
客室内に運んで食べる朝食の様子。和朝食、洋朝食の選択がある。他に24時間可能な「インルームダイニング」も提供。
客室数は全84室。3階~16階の各階にあるのはわずか6室の客室であり、プライベート感が守られている。ただ、各階には「お茶の間ラウンジ」という贅沢なリビングルームが設えてあり、客室を「寝室」と捉え、お茶の間ラウンジを「居間」として利用して欲しいと提案している。