「データは誰のもの?」は成り立たない。個人の権利と公共性の両立へ

世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター ヘルスケア・データ政策プロジェクト長の藤田卓仙氏


──APPAではデータに関係する3者のバランスが重要だと指摘しています。

APPAには、2つの背景がある。一つは国際的な流れだ。GDPRはデータの持ち運びができる「データポータビリティ」を個人の権利として認め、個人が情報をコントロールする力を強化した。

同時にそれは、プラットフォーマーと呼ばれるアメリカの企業、GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)を牽制するという意味合いが強かった。EUではそのようなプラットフォーマー企業が育たなかったが、ポータビリティによって、米国型のプラットフォーマーから別のところに移転できるようにし、さらに高い課徴金でプラットフォーマーを制約する内容にもなっている。

このGDPRの施行によって、データ収集している企業がデータを利用しづらくなったという指摘がある。また、国による公共目的の利用に対しても厳しい制約が課せられている。

一方で、逆の流れとして、中国のように国家が主体となって個人情報を中央集権的に集めて利活用する動きがあり、非常に発展してきた。しかし、それは監視国家的な側面が強く、人権侵害のリスクもある。

人権を保護しながら、ビジネスも円滑に行っていくためにどうすればいいのか。また、ビジネスだけでなく、新型コロナなどの感染症対策や災害対策、環境問題でもデータの利活用が極めて重要になっている。そういった公共性の高いデータの利活用と企業の利益、個人の人権の3者をバランスさせるのがAPPAの基本的な考え方だ。


世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター第1回ワークショップ資料より
 
もう一つの背景としては、日本の立ち位置の問題がある。中国的な動き、アメリカのGAFA的な動き、ヨーロッパ的な動きが起きた時に、日本はどこにつくのか?という視点だ。第4の選択肢として、APPAという考え方を提示している。
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文=成相通子

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