アジア各国の同志とともに
2018年ごろだろうか。アジアということで、手始めに、アメリカでベストセラーとなったフィリピンのクライムフィクションを、満を持して日本の出版社に紹介した。しかし、驚くほどまったく相手にされない。ならばとクラウドファンディングでの出版を試みるも、これもまた、悔しい結果に終わってしまった。
フィリピンの作品なので言語は英語。かつ、アメリカでベストセラーになったという好条件にも関わらず、アジアの作家の作品というだけでかくも見向きもされないものかと、衝撃は大きかった。
誰もやらないならば自分たちでやるしかない。2019年の暮れに《Read Asia アジア文芸シリーズ》という新レーベルを立ち上げ、インド、フィリピン、シンガポール、インドネシア、ミャンマーの作品の文庫シリーズを刊行するに至った。(現在、紙の書籍は販売店BCCKSで購入可能。電子版も各主要電子書店で配信している)
「読みものは売れない」が合言葉のようになっている出版不況真っ只中の日本の出版業界。しかも欧米追随ではなく、東南アジアに特化した「逆張り」とも言えるプロジェクトを立ち上げられたのは、いま考えると奇跡のように感じる。
だが、今回のプロジェクトにもっとも賛同してくれたのは、日本の出版社ではなく、アジア各国の著者と関係者たちだった。
「英語で作品を発表できない私たちは、この世に存在していないのも同然」
シリーズ第一冊目のインド編『風が吹くのに理由はない』を日本で翻訳刊行するタイミングでは、原書『A Day In The Life』がインドの主要な文学賞を受賞し、著者のアンジュム・ハサン氏と彼女のエージェントと大喜びをした。実際のところ、経済成長とともに急激に変化するインド社会とその陰で揺れ動く人々の内面を描いた本書は傑作である。
シリーズ第三冊目のシンガポール編『フィフィの世界』は、無発語の自閉症児である11歳のフィフィと、彼を支える両親、そして三人の姉たちとの物語だ。シンガポールの出版社を通じて、フィフィの家族とはずいぶんとやりとりを重ねた、思い入れの深い一冊となった。なお、日本語版にはフィフィのお母さんの発案を取り入れて、フィフィのルーツであるプラナカンの民族衣装の柄を表紙の背景にあしらっている。
ちなみに「プラナカン」とは、15世紀後半からマレーシアやシンガポールにやってきた中国系移民の子孫のことだ。彼らは現地の女性と結婚し、中国やマレーの文化とヨーロッパの文化をミックスさせて独自の歴史と文化スタイルを築いている。
また、シンガポールの出版社とは、今回をきっかけとして、アジア圏で互いに作品を紹介し合う「アジア出版リーグ」のような新たな出版経済圏を構築していこうと話し合っている。
ささやかながらも、《Read Asia アジア文芸シリーズ》がいまだ知られざるアジア諸国の人々や物語に思いを馳せるきっかけとなるのであれば、大変うれしい。私自身、このシリーズを通じてアジアをより身近に感じたいと思っている。
なお、アジアをめぐるストーリーにはまだ続きがある。以前、シンガポールで出会ったマレーシア人作家の一言が忘れられないのだ。
「英語で作品を発表できない私たちは、この世に存在していないのも同然だ。私たちマレーシア人の作品も日本人作家と一緒に世界に紹介してくれないか?」
彼は真剣だった。その思いを胸に、近い将来、アジアの作品を日本だけではなく、世界に向けても発信し、広めていくのが今の私の夢であり、目標である。
近谷浩二氏