カルチャーの窓から

首相官邸インスタグラムより

「仕事休めば 家賃払えぬなら 叫ぼう一緒に」「ずっと家にいれる仕事 今やファッキン特権」「休みなんてないわ 命まもりたい 補償も欲しい 自粛がしたい」。コロナ禍にあっても外出自粛ができない人々による現実や思いを表現したこんな生々しい歌が、ある時期からネット上で生まれ始めている。

インターネット以降のカルチャーでは、二次創作のあり方が多様化した。それは拡散の爆発力にもなれば、パクリかオマージュかという泥仕合になることもある。そして、原作者が意図しなかったメッセージが作品に付与され、不本意な発展が起こることも当然ある。

人々が重なり合うための「余白」を用意した星野源


歌手の星野源が4月2日の深夜にポストした「うちで踊ろう」の弾き語り動画。この動画は「誰か、この動画に楽器の伴奏やコーラスやダンスを重ねてくれないかな?」という趣旨の通り、誰もが自由な表現で「重なり合う」ことができるよう、音にも言葉にも余白が用意されている。

瞬く間にネットミーム化して大きく拡散され、4月17日時点で、インスタグラムでは4.5万件以上のポストがされている。有名アーティストや俳優、芸人のコラボレーションも多数投稿され、当初はポジティブな話題として盛り上がった。



しかし、あるタイミングから、それら「癒しのバズ」とは異なる潮流ができはじめた。コロナ禍でも外に出て働かざるを得ない人々が、その葛藤と恐怖を歌い、政府に対して十分な補償を求める抗議のメッセージを込めた「プロテストソング」を「うちで踊ろう」に重ねて歌い始めたのだ。彼らの歌は生々しく、痛烈だ。

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現在、医療従事者はもちろん、人々の暮らしを支えるために感染リスクの高い環境での労働を余儀なくされているエッセンシャルワーカーや雇用補償を受けられない非正規雇用者など、外出自粛を行えない人々が多く存在していることは、誰もが知るところだ。

では、「うちで踊ろう」は、彼らを無視してしまった歌だったのだろうか? 当然、答えはノーだ。4月16日にRolling Stone Japanが掲載した星野源へのインタビュー記事で彼は、「表に出て働かなきゃいけない人っていうのは絶対にいて、そのなかで“家にいましょう”とは言えないと思った。(中略) 僕は音楽家なので、ただ言葉で呼びかけるのではなく、詩と音楽で表現したいと考えたときに、一番最初に思いついたのが“うちで踊ろう”って言葉」と答えている。

外出自粛ができない人々への思いも込めて、「おうちにいよう」ではなく「うち=inside」とし、「いよう」ではなく「踊ろう」としたわけだ。「外出自粛のテーマソング」になってしまう要素はあらかじめ排除されていたのである。


愛犬を撫で豪邸でくつろぐ「外出自粛のテーマソング」


では、なぜプロテストソングは生まれたのか。そのきっかけはほかでもない、首相官邸の公式アカウントが4月12日に公開したあの動画からだ。


安倍首相が愛犬を撫で豪邸でくつろぐ様子は「ルイ16世か」と揶揄され、自粛をしたくてもできない人々の感情を逆撫でしてしまった。

そして、後に菅官房長官が「若者に外出を控えてもらいたい旨を訴える」意図でこの動画を作成・公開したと語っている通り、国は「うちで踊ろう」を外出自粛のテーマソングとして誤訳して流布した。そして、この星野にとっては不本意であっただろうこの枝葉は、しかし、それまでにはなかった痛切なプロテストソングを生み出すきっかけとなった。

それまでも「自粛と補償はセットで」という声は叫ばれていたが、「歌は世につれ世は歌につれ」という慣用句がある通り、世相は歌われることで歴史に足跡を残す。連歌になって初めて完成するこの「うちで踊ろう」でなにが歌われたのか。後生はコロナ禍での安倍政権の対応への評価を、歌から知ることになるかもしれない。

文=三木邦洋、編集=千野あきこ

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