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2020.04.20

事故もカネに変える「石油ビリオネア」が風力発電に人生を懸ける本当の理由

フィリップ・アンシュッツ


やり遂げられないと思われていることを


アンシュッツにとってワイオミングに吹く“風”は昔から身近なものだった。1960年代初め、大学を出たアンシュッツは父が経営する石油掘削会社「サークルA」で働き始めた。ワイオミング北部の風が強い広大な会社の敷地には、リグと呼ばれる掘削装置が置かれていた。

やがて彼は父の会社を譲り受け、67年には作業員が石油を掘り当てるという幸運に恵まれた。油井の制御ができなくなって大火災を引き起こすという災難にも見舞われたが、この時はアンシュッツの機転で危機を乗り越えた。火災の消火を油田火災専門のレッド・アデア社に依頼した際、10万ドルかかると言われた彼は、ユニバーサル・ピクチャーズにこの火災の映画化権を10万ドルで売り、消火費用を捻出したのだ。この時の映像はジョン・ウェイン主演の映画『ヘルファイター』に使われた。

アンシュッツが最初に大金を得たのは82年、ワイオミングとユタの州境にある油田の半分を5億ドル(現在の価値で14億ドル)でモービル社(当時)に売却した際だ。彼はその資金を鉱山と鉄道に再投資。88年にサザン・パシフィック鉄道を買収し、96年には54億ドルでそれを自らが株式を保有するユニオン・パシフィック鉄道に売却した。このことによって、アンシュッツが保有するユニオン・パシフィック鉄道株の時価総額は9億ドルを超えた。

アンシュッツは、鉄道事業に熱を入れていたころからすでに風力発電に興味をもっていた。自身が所有する鉄道でカリフォルニアを旅するのが好きだった彼は、シエラネバダ山脈の山あいで目にした風力発電基地に驚いた。

「最初は好奇心さ。『こりゃ、いったい何なんだ?』と思ったんだ」

アンシュッツには、風力タービンが他の天然資源ビジネスと何ら変りないものに思えた。たとえて言えば、油井を逆さまにしたようなもの。地中ではなく大気中からエネルギーを吸い取っているように見えるというのだ。ただし、そのエネルギーは石油と違って決して枯渇することはない。

アンシュッツは、自身が所有する石油会社で当時社長をしていたビル・ミラーに全米でいちばん風の強い場所を探すよう依頼した。すると、ワイオミング州のオーバーランド・トレイル・ランチ周辺がそうだという。西に向かう開拓者たちが通ったオーバーランド・トレイルの山あいでは、時速32kmほどの強い風が絶え間なく吹き抜けている。

アンシュッツとミラーは、最低でも1400基の風力タービンを備えた風力発電基地建設の草案を作り、許認可手続きに4年ほどかかるとしても、2015年までには完成すると考えていた。

だが、現実はそう甘くはなかった。土地管理局からは膨大な環境影響調査報告書の提出を求められたし、数々の環境保護団体との話し合いも必要だった。準絶滅危惧種であるキジオライチョウの保全に必要な土地を確保したい全米オーデュボン協会(野鳥保護を目的とする環境保護団体)やワイオミング州狩猟漁業省。幌馬車の車輪の跡が刻まれた土地の保全を望むオレゴン・カリフォルニア・トレイル協会。絶滅危惧種のイヌワシが風力タービンと衝突して死ぬことを懸念する米魚類野生生物局などだ。
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文=クリストファー・ヘルマン 写真=ジャメル・トッピン 翻訳=岡本富士子/パラ・アルタ 編集=森裕子

この記事は 「Forbes JAPAN 2月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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