また、昔から役者の世界では「良い演技をするためには、役を演じている自分と、それを静かに見つめているもう一人の自分がいる」と語られてきた。
同様に、リーダーシップとは、ある意味で、「望ましいリーダー像を演じること」であるが、そのため、優れたリーダーシップを発揮するためには、「いま、自分は、部下からどう見えているか」を、自己満足に陥ることなく、客観的な眼差しで見つめながら、リーダー像を演じていく必要がある。
だが、そのためにも、やはり、自分の姿を静かに見つめている「賢明なもう一人の自分」が心の中に存在していることが不可欠である。
しかし、こう述べると、「自分の中には、その『賢明なもう一人の自分』がいないのでは…」と悩まれる読者がいるかもしれないが、実は、この「賢明なもう一人の自分」は、誰の中にもいる。
問題は、その「もう一人の自分」が、必要なとき、必要な場面で現れてくるための方法を、どうすれば身につけられるかである。
そのための最初の一歩は、この随想を読み終わったあと、自分の中に何人の自分がいるか、いくつの人格がいるかを考えてみることである。
例えば、「自分は、家では子煩悩な父親だが、職場では厳しい上司を演じている。しかし、実家に帰れば、母親に甘える末っ子の人格が現れてくる」。
そういった形で、自分の中にいる様々な人格を客観的に見つめていくとき、我々の中に、それらのどの人格にも属さない「もう一つの人格」が現れていることに気がつくだろう。
実は、それが「賢明なもう一人の自分」に他ならない。そして、その人格の存在に気がついたならば、ときおり、心を静め、その自分との対話をする習慣を身につけることである。その習慣は、我々を、さらに不思議な世界へと導くだろう。
連載:田坂広志の「深き思索、静かな気づき」
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田坂広志◎東京大学卒業。工学博士。米国バテル記念研究所研究員、日本総合研究所取締役を経て、現在、多摩大学大学院名誉教授。世界賢人会議ブダペストクラブ日本代表。全国5,400名の経営者やリーダーが集う田坂塾・塾長。著書は、本連載をまとめた『深く考える力』など90冊余。tasaka@hiroshitasaka.jp